10 ストレス 【10-6】

【10-6】

「私は、本気であなたとぶつかっているつもりだった。デザイナーと建築士として、
感情抜きに、いいものを作ってみたいと、そう思い始めていたの。
だからこそ妥協しないし、言いたいことは言わせてもらった。それなのに……」



……それなのに



「私の要求が辛いと、幹人の前で倒れてしまったって」

「倒れた?」

「長峰さんは、精神状態ギリギリになっているって、幹人がそう言ってきたの。
自分に対する思いの裏返しで、意地になっているからって。
始めから私と勝負できるような相手ではないから、手を引いてくれって……」

「違います。この仕事が辛いからじゃありません」

「でも、幹人はそう言っていた。二人で会っていたときに、
『過呼吸』で倒れてしまったって。これから結婚式で大事な時期なのに、
もう追い込むのはやめてくれって」



違う……

そうじゃない。



「知花、知花って何度も幹人がそう言っていた。だからバカバカしくなったの。
私、悪者なの? あなたも言ったはずよ。仕事としてって……
あぁ、もう、いいわ、あなたと仕事をしようと思わないほうがいいでしょ」

「萩尾さん」

「あなたみたいな人は、幹人の言うとおり、普通の平凡な奥様になった方がいいわよ。
デザイナーなんて、さっさと辞めなさい」


心の中では『違う』と何度も叫んでみるが、口から言葉が出て行かない。

幹人の前で具合が悪くなったのは事実、それをどう説明していいのかがわからなかった。

心の奥にある思いが伝えられない。





自分の思いが、どうしてしっかりと言えないのだろう。





萩尾さんの事務所から出て、駅まで戻る。

何も言わずに事務所を飛び出してきてしまったのだから、連絡だけでも入れないと。


『DOデザインでございます』

「あ、もしもし……優葉ちゃん? 知花です」

『あ、知花ちゃん。どうしたのですか、
飛び出してしまったって、小菅さんが心配してましたよ』

「うん……」


幹人にも、萩尾さんにも、優葉ちゃんにも、小菅さんにも、

私はただ、心配だけかけている。

飛び出してきたものの、自分の思いすら、きちんと表せないままだ。


「これから事務所に戻ります」


それだけを告げて電話を切った。

萩尾さんは、三村さんが仕事をすることにOKを出したし、

社長もそれを認めたからこそ、打ち合わせをしていたのだろう。

私さえ、幹人の言うとおり仕事を辞めて事務所からいなくなれば、

みんながもめることもなく、うまく……


「はい、もしもし」

『あ、知花?』


いきなりポケットで鳴り出した携帯の相手は、和歌山の伯母だった。


「どうしたの? 急に」

『いやぁねぇ、実はさ、じいちゃんが山で怪我してしまって、入院したんだよ』

「え……おじいちゃんが?」


迫田のおじいちゃん。久しぶりに近所の人の仕事を手伝おうと山に入り、

切り出した木を運ぶ仕事をしていたが、

トロッコがレールから外れて、流れてきた木を受けてしまったという。

足を骨折し入院した後、どうしても私に連絡をしろと言いきかないのだと、

伯母が電話越しに話してくれる。


「で、おじいちゃんいるの?」

『うん、ちょっと待ってね』


伯母は受話器を祖父に渡し、知花が出ていると話している声が聞こえてきた。


『知花……知花か?』

「うん……おじいちゃん、大丈夫?」

『あぁ、こんなことたいしたことない』


声を聴いた途端に、涙がじわじわと浮かび始めた。

とりあえず、元気そうで安心する。


『あのなぁ、知花。お前の結婚式にはな、絶対に出るからな。
足なんて治らなくても、車椅子でも出るから、いいか、それだけだ』

「おじいちゃん……」


祖父は、自分が怪我をしてしまって、式に出られなくなることを気にしていた。

私は無理しないでと伝え、とりあえず電話を切る。



『結婚式』



この暑くなる夏が終われば、私は幹人と結婚する。



駅の改札からホームに入ると、事務所の方へ向かう電車が来たけれど、

足が動かないまま、私は一人ホームに立ち続ける。




このまま、戻りたくない。




『知花……知花か?』




おじいちゃん……




和歌山に行きたい……




私は心の声に従うと、ホームの反対側へ歩き出した。




【11-1】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

≪Dressing 豆知識≫
『家具デザイナー』とは、オフィス家具などをデザインする人のことで、
インテリアデザインを兼ねることもある。大学や専門学校で学び、
家具メーカーやデザイン事務所に就職し活動する人が多い。

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