12 虹の彼方に 【12-4】

【12-4】

それから3日後、私は幹人と会うことになった。

今までなら、今日はどんな話をしようかと思いながら、

彼が来る方向を今か今かと見続けた。

似たようなスーツ姿の人が見えれば、顔を動かし、その表情を知ろうとした。

でも、今日は違う。

思い出がたくさんあるお店の前に立ち、この先の時間に少しため息をつく。

先に到着したのは私のほうで、反対側の手すりに背中をつけ、

幹人がくるはずの方向を見る。

約束した時間の数分後、幹人が姿を見せた。


「……ごめん」

「ううん」


幹人が忙しいことはよくわかっている。仕事に熱心で、手抜きをすることなどない人だ。

責任感もあるし、人を引っ張っていくだけの強さもある。

それぞれが注文し、それが届き、口をつけ始める。

しばらくは、幹人の仕事の話しを聞きながら、ときを待った。


「そろそろ、招待状を出さないとならないな」


式まで3ヶ月を切った。確かにその時期だろう。

互いに招待客を考え、人数の調整をしなければならない。



……と、ついこの前までは、そう思っていた。



「幹人……」

「何?」

「今日は気持ちをしっかり決めてきたの。だから聞いて」


私のただならない表情と、押し出すセリフに、

それまで柔らかかった幹人の顔が、急に変化した。


「色々と考えたの。どうするのが一番いいのかって。色々なことを考えて、
色々な道も考えたつもりだったけれど、どうしても……」

「何?」

「……私、幹人とは結婚できない」





幹人と、結婚は出来ない。





それが私の出した結論。





「何、言っているんだ」

「急にと、幹人は思うでしょう。確かに、急かもしれない。
でも、私なりに真剣に考えたの。どうしてもこのまま幹人と結婚して、
仕事をやめて、家庭に入るという選択肢は取れない」

「知花……」

「わがままだってわかっている。でも、ここで伝えなければ、
私は一生、何も言えない」




何もかも失ってしまっても、言わないとならないことがある。

幹人と生きていくという人生のレールは、頭の中から消えてしまった。




「なぁ、冗談だろ」

「ううん……」


冗談でこんなこと言えない。

幹人は軽く唇をかみ締め、私から視線をそらした。

数秒、数分と時間が過ぎていく。


「知花……」

「何?」

「何じゃないよ、もう、会場だって予約したし、色々……あ、わかった。
仕事がしたいのか、俺が仕事を辞めろって言ったから、それでごねているわけだ」

「ごねているって……」


ごねているわけではない。何かと引き換えにしようとか、

そんな思いではないのに。


「わかったよ、やりたければ仕事でも何でもやればいい。
知花が働きたいのならそうしろって。すぐにやめろと言ったことが気に入らないんだろ」

「幹人……」

「いいよ、好きにして。でもカナダには行ってくれ。格好がつかない」




格好……




「みっともないだろう。単身赴任だなんて」

「みっともないって、そうじゃなくて、私……」

「だったらなんだ」

「どうしてそんなふうに言うの? 私の気持ちは考えてくれないの?」

「気持ち? 考えているだろう。だからプロポーズもした。
しっかり挨拶もした。式だって知花の自由にしていいと言った」


違う、そんなことではない。

私は、そんなことを望んでいたわけではない。


「違う、幹人」

「違う? 何が違うんだ。知花の思うとおりに、君が望むとおりにって……」

「だったら、どうして萩尾さんと……」




言ってしまった。

どうして、あの人と……私に隠れて会っていたのか、その説明はつくのだろうか。




「結局そこなんだ」

「幹人……」

「それに関してはきちんと話したはずだ。香住とのことは驚いただろうけれど、
俺が選んだのは君だぞ。君を選んだ……。負けたというのならともかく……」




勝ち負けではない。

なぜ、私の気持ちが伝わらないのだろう。

私の言い方がおかしいのか、それとも……




結局、その日はどうにもならない状態のまま、別れることになってしまった。

『結婚をやめる』ということは口に出したけれど、

幹人からわかったと言う返事は届いていない。



『俺が選んだのは君だぞ』



あの言葉を聞いた瞬間、引き戻れない道を歩き出したのだと、自分でそう思えた。

幹人が大切にしているものと、私が大切にしたいものは違う。

妥協や諦めだけでは、この溝は埋まらない。

私は自分の思いを確認しながら、一歩ずつ部屋へ進んだ。




【12-5】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【萩尾香住】
一級建築士。年齢32歳。
幹人とは大学時代の同級生。仕事で再会し、知花の存在を知りながらつきあってきた。
幹人が選んだ女性を見てやろうと思い、『DOデザイン』へ仕事の依頼をする。

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