15 広がる思い 【15-2】

【15-2】

私の中の『スイス』のイメージ。

羊やヤギがいたり、チーズが美味しかったり、

そう、アニメはそんなイメージだった気がする。


「変わりますよね。外国に行くと。自分が小さく見えるのもあるけれど、
無限に可能性がある気もして……」

「すごいな、三村さん」


ため息と一緒に、そんな言葉が飛び出した。


「すごい?」

「はい。私、自慢ではないですけれど、いまだに外国に行ったことがなくて」


もうすぐ30代に入ろうかというのに、気付けばパスポートすら持っていなかった。

元々、飛行機が好きではないという理由も、あるのかもしれないけれど。


「それなら、長峰さんの広がるイメージは、和歌山の山々ってことですか」

「はい。幼い頃に祖父が連れて行ってくれた山です。チェーンソーの音とか、
斧のカーンという音とか、雨上がりの草木の匂いとか……」


なんだかスケールが小さい。

戻ったら、もっともっと勉強しないと。


「和歌山か……個人的には、ものすごく行ってみたいところなんですけどね」

「行かれたことはないのですか」

「ないですね。俺にとって和歌山は、気楽に行ける場所ではないので」


今の台詞はどう解釈したらいいのだろう。

三村さんの思いなのだから、わかることの方が無理かもしれないけれど、

それほど構えないとならない場所だろうか。

確かに、交通の便がいいとは言えないが……


「おっと、赤だ」


私たちの車は、久しぶりに出てきた信号で止まった。

山道は最終地点にさしかかる。


「長峰さん。外国なんて、今からいつでも行けますよ。
それより、その国のよさは、その国の人が一番わかってるはずですから。
どんなに色々なデザインが入ってきても、俺は日本人の作るものが一番、
この国には向いていると思ってます」

「そうですか……」

「あ、ほら、見えた」


大きな木の向こうに、『エアリアルリゾート』のペンションホテルが姿を見せた。

今日も工事は続いているようで、入り口で警備員に止められる。


「すみません、『DOデザイン』の三村と長峰です。許可はいただいているのですが」


少々お待ちくださいと言われ、警備員は無線で連絡を入れる。

OKが出たのだろうか、すぐに前を開けてくれた。

車を止めて、入り口に向かうと、

モデルルームとして完成した部屋を見せてもらえることになる。


「今日の方がいいですよ、本当に」

「そうですか」

「この間は、思ったよりも人が多くて」


カード式の鍵を差し込むと、カチャンという音がして、ロックが解除された。

私たちは扉を開き、まずは正面から中を見る。


「うわぁ……」


三村さんと何度も言い合って、ゼロに戻したデザインが、平面から立体になって現れた。

私がこだわった箇所も、三村さんがこだわった箇所も、しっかりと存在感がある。


「あぁ、完全に入りましたね。この間は、まだ残していたところもあったので」

「……そうですか」

「どうですか? イメージ」

「はい、想像以上です」


一度も、納得できるような仕事が出来なかった私にも、

こうして形が残るものを、作り上げることが出来た。

自信が無くて、いつも引っ込めていたデザイン画を、他の人が認めてくれた。



こんなにこの仕事が、素敵なものだったなんて……



私は、まだまだ、頑張れる。





「三村さん」

「はい」

「ありがとうございました」

「……どうしたんですか、急に」

「おかしいですか? 自然と口から出て行きました」


あなたがいなかったら、私はここまで来られなかった。

何も自信がないまま、下を向いて、この世界に背を向けただろう。


「また、こんな仕事が出来るように、頑張らないと」

「そうですね」


備え付けられた家具の手触りを確かめながら、私は、新しいスタートを切ったのだと、

あらためてそう思った。





10月27日。

本来なら、私が幹人と結婚し、黒田の名前になる日。

私は、その日を長峰のまま迎えた。



他の人には、なんてことのない一日なのだろうが、私には違う。



新しい日々は、ここから始まるのだから。



そう、新しい日々……



「どうしてこの場所に、安易に取っ手をつけるかな」

「どうしてって、使いやすいからですよ。高さも素材も」

「前から言ってますよね。大量生産するようなものなら、
そういう工場にお任せすればいいんですよ」

「わかっています。相手が求めているものを作るんです。
三村さんの遊び場ではありません!」


春に向かってのデザイン作り。

都内に数店の店舗を持つ、手作りパンのお店。

店内にもイートスペースを作り、出来立てを食べてもらいたいというのが、

今回の注文主の思い。パンを置く棚から、窓際に置く小さな椅子まで、

すべてをうちが担当することになった。




【15-3】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【千葉汀】
フリーライターの女性。
『ブランチライン』という雑誌の取材で、『DOデザイン』にやってくる。
色々な話題の情報をつかむことが上手く、それを記事にしようと動く。

コメント、拍手、ランクポチなど、お待ちしています。(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


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