15 広がる思い 【15-4】

【15-4】

「特別賞?」

「そう。イタリアのデザインコンクールで、特別賞を取ったって小さな記事があってね。
そういえば、昔、チラッと話題になったことがあるのよ。日本人が取ったって」


イタリアで行われている、若手を対象としたデザインコンクール。

そこで特別賞に選ばれたうちの一つが、日本人のものだったという。

本名も明かされず、表に出たのは、『J』というローマ字だけ。


「千葉さん、それが三村君だって、突き止めたらしいのよ」

「三村さん?」


『イタリア』や『スペイン』にいたという事は、確かに聞いた。

そんな賞をもらっている人だとは、全く知らなかった。


「向こうにしたら、スクープ気分なのでしょうけれど、三村君は大激怒で、
印刷は全て取りやめにしてくれって、ここで大変だったの。
約束していること以外のことをしたって……ねぇ」

「そうなんです。取りやめないのなら、自分で止めるって、
怒ったまま出て行ってしまって」


写真も嫌だと、三村さんが拒絶していたことはわかっている。

でも、外国で賞をもらったという経歴まで、どうして嫌がるのだろう。



『家族を捨てて……』



それも、全て家族に逆らっているからだろうか。


「いやぁ、あれほどの修羅場は久しぶりでしたね。
知花ちゃんと言い合っている時の三村さんは、どこか優しそうなんですけど、
さっきは、本当に怒りだけしかないって感じで」

「そうそう、そうなのよ。悲しさと怒りしか出ていない気がして、
私も慌ててかけちゃったのよ、電話」

「そうだったんですか」

「そうなの。かけたってどうにもならないのにねぇ」


三村さんの傷。

深くて大きくて……





私は、自分が助けてもらってきたのに、何も出来ない。





「ごめんね、知花ちゃん。スケジュールあったでしょ」

「いえ、『NORITA』は済ませましたし」

「あ、どうだった?」

「ダメでした」

「……そう、やっぱり。大手が仕掛けてくるとなると、色々と面倒だね」

「はい」


私は自分の席に戻り、バックを横に置く。

三村さんのタバコが机の上に残っていた。

印刷、止めることが出来ただろうか。

それから数時間、私は時計ばかりを気にした。





「ただいま戻りました」


夕方近くになり、三村さんが事務所に戻ってきた。

みんな激怒の様子を知っているからなのだろうか、

『おかえりなさい』の声はかかるけれど、誰も何も聞こうとしない。


「三村さん、印刷のストップ出来ましたか」


三村さんが怒りに震えていようとも、私は平気。

ここで何も聞かない方が、居心地が悪い。


「なんとか止めました」

「そうですか」


事務所内から、安堵の息づかいが、届く気がする。


「取材の約束は、次号までだそうですけれど、俺は二度と話しませんと、
千葉さんには伝えましたから」


三村さんは、そういうと、机の上に残していたタバコを握り、

そのまま事務所を出て行ってしまった。

三村さんが扉を閉めた音に、優葉ちゃんが大きく息を吐き、

緊張した顔を、ゆるめていく。


「あぁ、もう、今日は帰ります。なんだかピリピリしていませんか、まだ」

「そうね、三村君の怒りは、まだ終わった感じはしないわね」



私は、少し遅れて事務所を出ると、屋上に向かった。

事務所内だと難しくても、いつものベンチでなら、冷静に話ができるだろう。

三村さんがこの事務所に入ってから、何度となくぶつかったけれど、

いつも冷静になれるのは、屋上だったから。


数字を見ると、やはり三村さんが乗ったのか、エレベーターは上へ動き、

私のために、しばらくすると降りてきた。

無言で人を運ぶ機械は、私だけを乗せて、あらためて上へ向かう。

扉が開いた瞬間、少し冷たい秋風が、中に入ってきた。


もう、冬が見えてくる。

私はそう思いながら、屋上へ出た。

いつものベンチに座る三村さんは、すでに1本目のタバコをふかしていた。


「三村さん」


呼んでもすぐに返事がないのは、いつものこと。

私は、そのまま近付き、昼間、小菅さんが慌てて電話をくれたのだと話した。

きっと、怒っていたから、周りの状況も見えていなかっただろう。


「みんなどうしたらいいのか困っていたみたいですよ。三村さんが怒るから」


三村さんのタバコの煙が、時々吹く風に乗って、私の方に向かってきた。


「以前、話してくれたことがあるからでしょ、ご家族の反対を知りながら、
自分の生きる道を決めてしまったという話。三村さん、私にしてくれましたよね」


幹人とのことで、自分を押さえ込んでいた日々。

三村さんは、自分の経験から、そんな私の無理な時間に気付いてくれた。

人は自分を抑えたまま、暮らしていこうとすると、

必ずどこかからほころびてくるものだ。


「千葉さんにも、そう、説明すればよかったじゃないですか。
名前が出て行くのは嫌なんだって」


人にはそれぞれ事情がある。

本名や、普段の生活ぶりを全て見せている人ばかりではないはず。


「そうしたらどうなると思います?」

「どうなるって」

「なぜなのか、どうしてなのか、彼女は絶対に探り出す。
嫌なんですよ、人の気持ちの中にズカズカと入り込むようなことをされるのは。
見えない部分を、無理に見ようとする人に、話をしようとは思わない」


私が幹人の言うことを、黙って聞いていた頃、

三村さんは、いつもの調子で、言いたいことを言っていた気がする。


「三村さんだって、私にガンガン言っていたじゃないですか。
無理しているのではないかとか、このままでいいのかとか……」


そう、そうだった。どれほど言われたことだろう。

私は、思い出しながら、笑ってしまった。




【15-5】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【千葉汀】
フリーライターの女性。
『ブランチライン』という雑誌の取材で、『DOデザイン』にやってくる。
色々な話題の情報をつかむことが上手く、それを記事にしようと動く。

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