16 もうひとりの人 【16-3】

【16-3】

距離は行きと帰りで同じはずなのに、私の気持ちが重いからか、

とにかく長かった気がする。


「長峰さん、こっちですよ、店」


三村さんは、小さな路地を指さしていた。

『おすすめのお店』、行ってみたいけれど。



今はとても……



「すみません、今日は帰ります。胸がいっぱいで、なんだか食事出来そうもなくて」

「どういう意味ですか」



胸がいっぱいなのは、罪悪感。



「ありがとうございました」



そして、ごめんなさい……



私は、三村さんに背を向け、そのまま小走りに改札を通った。





『古川紗枝』



三村さんの部屋から家に戻るまでの間、

頭の中から、この名前と筆跡が離れることはなかった。


よく考えてみたら、当たり前のことなのに。

私に幹人がいたように、三村さんにお付き合いをしている人がいても、

何もおかしくはないはずなのに……



部屋に入る前、遠くに見える電車。三村さんの家は向こうの方角。

せっかく誘ってくれた食事も、罪の意識から自分勝手に断ってしまった。

子供のようにはしゃいでみせて、また子供のように逃げてしまって……


私はあらためて『ごめんなさい』と頭を下げた。





「私がですか」

「そうなの。三村君、朝から社長と出かけてしまって」


次の日、三村さんと社長が、仕事のトラブルを解決するため急に出かけてしまい

私は代理として、萩尾さんの現場に向かうことになった。


彼女の名前を聞いて、幹人のことを考える。

確か、年末には、青森の工場が出来ることで忙しいと言っていた。

来年の春から、『カナダ』にもいくはずで……

結婚が流れてしまったことなど、気にならないくらい働いているだろうか。



萩尾さんが手がけている家は、昔からの高級住宅街の一区画だった。


「こんにちは」

「あ……長峰さん、お久しぶり」

「はい」


私は、三村さんが持ってくるはずの封筒を萩尾さんに手渡した。

彼女はヘルメットを被り、色々と指示を出している。


「ごめんなさいね、明日から雨模様だって言われているから、
今日はスピードアップなのよ」

「いえ、続けてください」


萩尾さんに渡せば、仕事はおしまいなのだから、そのまま帰ろうとしたのに、

少し待って欲しいとそう言われてしまう。


「30分、待って」


私は結局、現場の仕事を、ひとり隅に座って見ることになった。

建築現場で、設計図を持つ萩尾さん。

彼女の中には、平面から立体的に出来上がった家のイメージがあるのだろう。

自分よりも体格のいい男性たちに、次はこっちだと、的確に指示を出す。


自立する姿というのは、こういうものをさすのだろうか。

性別の隔てなく、実力だけで仕事をすると言うことは、こういうことだろうか。


「うん、確かに……。三村さんにこれでOKですって伝えてください」

「はい」


萩尾さんは、仕事をひと段落させ、現場近くにあるファミレスに誘ってくれた。

ランチの一番混む時間からずれたからか、店内には空席もあり、

せかされないのがちょうどいい。


「三村さんってさ、一緒に仕事をすればわかることなんだけど……」


萩尾さんは、書類をしまいながら、

三村さんがとても感覚の鋭い人だと褒めだした。

確かに、私もそう思う。


「こちらが言いたいことを、言葉の端端で読み取るというか、
逆に訂正されそうなところは、どう押せばいいのか、しっかりと考えてきているのよ。
何度押し込まれたことか……」

「そうですか」


ごり押しではなく、きちんとした理詰めがあるから強いのだろう。

私は紅茶に口をつける。


「ねぇ、あれから幹人には会っているの?」


私は無言のまま首を振った。

どうしているのかなど、私に聞かれたくないだろう。


「一度、仕事先で見かけたことがありましたけれど、話はしていません」

「そう……じゃぁ、知りたくはない? 彼の今。
あ、誤解されないように言うけれど、幹人に会っているわけではないのよ。
あなたとのことがあって、その後に入るほど、私、落ちぶれてませんから」


萩尾さんはそういうと笑った。

仕事先の関係者から、聞いた話だと私に念を押す。


「何か、あったのですか?」

「幹人、『カナダ』には行かなくなったらしい」

「行かない? それなら別の人になったってことですか」

「そうみたいよ、今までものすごく順調に来ていたけれど、
彼もここが我慢どころだろうって」


幹人が……

私がどうにか出来る話ではないけれど、気にならないといえばウソになる。

来年の春には、二人で『カナダ』へ行くということを、

最後まで願っていたのだから。




【16-4】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

≪Dressing 豆知識≫
幹人が知花と行くつもりだった『カナダ』は、世界で最も湖の多い国。
その数は、300万にのぼり、(世界の60%)
そのうち、オンタリオ州に25万の湖がある。(す……すごい……)

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