17 心のバランス 【17-1】

17 心のバランス

【17-1】

「ただいま」

「誰? やだ、知花じゃないの」

「やだって、どういう反応よ」


帰るからというと、母はきっとあれこれ用意をするだろうと思い、

あえて連絡もなしに、戻ってみた。

私はお客様ではないのだから、何もしてくれなくていい。


「全くもう、連絡してくれたら少し献立考えたのに……。
今日はお父さんいないのよ。知己と二人だからって、気を抜いてたわ」


文句を言いながらも、笑っている母の顔。それが見られただけで意味がある。


「みんなが食べるもので十分だって」


私は、この間、取引先の方から教えてもらったお店で知った、

野菜チップスの詰め合わせをお土産として、テーブルに置く。


「お父さんどこに?」

「出張で神戸なのよ」

「へぇ……そうだったんだ。それならお母さん何もしなくていいわよ、
どこか食べにでも行く? おごるけれど」

「ん? いいわよ、そんな」


母は、冷蔵庫の中身で適当に作るからと言いだした。

私は食器戸棚から自分の湯飲みを取り出し、急須を探す。


「あれ? 姉ちゃん。なんだよ」

「なんだよってなによ、たまには帰ってきたの。
知己こそ珍しいわね、週末にいるなんて」

「給料前ですからね。行動出来ない日も、あるわけですよ」


知己は自分もお茶を飲みたいと合図してきたため、

私は弟の分まで湯飲みを出した。


「何これ、姉ちゃんの土産?」

「うん。前に別のところからいただいて、美味しかったのよ」

「へぇ……」



その日は、久しぶりに母の手料理を食べさせてもらい、

片づけを一緒に済ませていく。

給料前でお金がないと言っていた弟は、どこかから携帯に連絡が入り、

何やら着替えて出て行った。


「ありがとう、知花が手伝ってくれたからあっという間に終わったわ」

「うん……」


布巾を折りたたみ、いつも置く場所に戻す。

後はお風呂にでも入って、ゆっくり眠ろう。


「ねぇ、『梅酒』あるけど、飲む?」

「『梅酒』?」

「そう、和歌山の義姉さんが送ってくれたのよ、手作り」

「あ……伯母さんが?」


和歌山で、おじいちゃんと暮らしてくれている伯父夫婦。

伯母は、漬物や梅酒など、手作りのものがとても上手。


「飲む、飲む」

「よし、よし……」


母は、小さなグラスを2つ出し、棚の一番下からガラスの瓶を出してくれた。

『和歌山』の名産である梅が、瓶の底でコロコロと動いている。

蓋を開けた瞬間、鼻に届く香り。


「あぁ……すごくいい香り」

「でしょ? そこら辺で売っているものとは全然違うわよ」

「うん」



『迫田のおじいちゃん』



足を怪我して入院し、

それでも結婚式を楽しみにしていると言っていたこと、思い出してしまった。

あれからダメになったと連絡だけはしたけれど、がっかりしただろう。


「おじいちゃん、がっかりさせちゃったからな、私」

「あぁ……結婚のこと? 大丈夫、平気よ。義姉さんに聞いたら、
『知花は俺にもっと長生きしろと言っている』って笑っていたって」

「……うん」


あの時、気持ちがどうしようもなく沈んでいたけれど、

『和歌山』へ行けたことで、色々なことを考えることが出来た。


「ねぇ、知花……」

「何?」

「そろそろ教えてくれない? どうして黒田さんとの結婚、やめてしまったのか」

「……お母さん」


式場のキャンセルも、親戚への断りの電話も、

すべて両親は何も細かいことを聞かずに、私に従ってくれた。

申し訳ないと思いつつも、あの時には、話をしようという気持ちにはなれなくて。


「そうだよね、私、きちんと話してなかったよね」


さらに色々なことがあって、私の中ではすっかり過去のことになった。

確かに、今なら母にきちんと話せる気がする。

幹人が悪いとか、私が悪いとか、そういうことではないのだから。


「私ね、幹人の行動的なところが好きだと思っていたの。しっかりしているし、
間違ったことはしないから、彼に任せておけば安心だって、いつの間にか頼り切っていた」

「うん……」

「でもそれが続いて……気づいたら、私は何一つ彼に言えなくなっていた。
幹人も自分が決めることが、主導権を握ることが当たり前だと思っていたようだし、
私も、それに逆らって、空気がおかしくなるのも嫌で」


そう、それは昔からそうだった。

自分が何も言わなければ、丸く収まるのならそれでいいと、信じてきた。


「仕事を辞めたくないって、どうしても言えなくて……」

「うん……」

「それでも、流れのままに生きていこうとしていたのだけれど、
だんだん、胸が苦しくてたまらなくなったの。私はたった一つの願いも、
一生一緒にいようとしている人の前で、言えないのかって情けなくなって」



『あなたを見ていると、昔の自分を思い出すんですよ。言いたいことも言わずに、
やりたいこともみんな我慢して、それが自分の生きる道だって、信じていた頃の……』



「そんな時にね、幹人に、実はもう一人お付き合いをしている人がいたことを知った」

「お付き合い?」

「うん……」


母の心配そうな顔に向かって、私は精一杯の笑顔で頷いた。




【17-2】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【迫田勝男】
和歌山に住む、知花の祖父。(知花の母、真子の父親)
幼い頃の知花を、よく山に連れて入っていた。
知花が『木』を好きになるきっかけを作ってくれた人。

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コメント

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とても嬉しいです

ドレミさん、こんばんは

いえいえ、こちらこそコメント、ありがとうございます。
いつもお願いするばかりで申し訳ないのですが、
こうして声を出してくれると、本当に読んでいただけているのがわかり、
たくさんパワーをもらえます。

これからも楽しみに続けていきますので、お付き合いくださいね。