20 別れの挨拶 【20-1】

20 別れの挨拶

【20-1】

『浪漫亭』の一番奥にある、小さな個室。

飛び入りで食事をさせてもらうはずなのに、

これだけいい場所に案内してもらえるとは、正直思わなかった。

壁に埋め込むような木々の装飾も、一輪挿しの小さな花瓶も、

センスのよさと、斬新なアイデアにあふれている。

もう、見学は終了と思っていたのに、また『見たい』、『触れたい』の虫が、

ムズムズと心を刺激する。


「なんだか悪くないかなぁ、俺が二人の前にいること」

「悪くないですよ。戸波さんがいるから、食事も出来るわけでしょう」

「そうですよ」


掘りごたつの形で畳に座り、和のテイストを持った家具がそこにある。

座卓の縁、ここまでしっかりとしたこだわりがあるのは、贅沢。


「食事の前に……」


三村さんはそういうと、席を立った。

個室には、私と戸波さんが残される。

お店の女性が、おしぼりとお茶のセットを先に運んでくれた。

私は、3人分の湯飲みを出し、お茶を入れる。


「長峰さん……でしたよね」

「はい」

「あいつと、紘生と付き合うの、大変でしょう」


『付き合う』という戸波さんの表現を、どう受け止めておけばいいだろう。


「三村さんも頑固ですし、私も頑固なので、仕事ではよくぶつかります。
でも、なんだろう、諦めてしまおうとは思わなくて。
もう一度、もう一度って思えるから、不思議です」


仕事の仲間としての感想。

戸波さんは、そうだろうねと頷いてくれる。


「あいつは細かく積み上げるというより、
機を逃さないように、思い切り行動するんですよ。潔いというか」

「はい」


言いたいことが言えずに、複雑になってしまった過去の経験から、

三村さんは、自分の思いを精一杯表現するという方法を、今まで貫いてきた。

『機を逃さない』という戸波さんの言葉は、納得できる。


「思ったことを、思ったままに口にするあいつが、勢いにまかせず、
ゆったり話すときって言うのは、本気の時ですからね」

「本気?」

「そうです。4日前ですよ、急に電話をかけてきて。
年末までに、どうしてもここへ来たいって……」


三村さんは、戸波さんにこの見学と食事のことを頼んでいた。

クリスマスという、一年でもっとも厳しい時期に無理を言うなんて。


「『浪漫亭』の作品は、今、長峰さんが抱えている仕事のヒントになるから、
見せてあげたいって。何をこの忙しい時期にと思いましたけどね、
あいつがそう静かに切り出したときは、絶対にOKを出さないとならないですから」


戸波さんは、そう笑顔を見せながら言うと、湯飲みに口をつけた。


「すみません、ご迷惑をかけて」

「いえいえ」


昔からの先輩と後輩。

戸波さんは、本当に三村さんが好きなのだろう。

これだけのことをしてくれる間柄が、私にはうらやましい。


以前、三村さんがあまりにも色々とハッキリ言うので、

友達が少ないだろうと責め立てたことがあったけれど、

『数ではない』と言い返されたことを思い出す。

三村さんは、本音で人と付き合うから、認め合えた人との関係は、

何よりも深いのだろう。


「紘生、ちょっと複雑なヤツですけれど、信じて付き合ってやって下さい」

「……はい」

「男としては、文句なくいいヤツですから」


戸波さんの言葉を、否定するわけにもいかず、私は素直に受け入れてしまった。

まだ、個人的なお付き合いは、始まっていないけれど、

ここは、それをどうのこうの説明するわけにもいかない。


「そうだ、俺、来年早々、和歌山の日高川町へ行くんです。
向こうの関係者とお会いすることになっていて、
確か、長峰さん、ご親戚が日高川町でしたよね」

「はい。あ、いつですか。私の伯父が組合にいますので、
もし時期がわかれば、話しておきます」

「本当ですか。それならお願いします。また、日程が決まったら、
紘生に連絡を入れますから」

「はい」

「いいヒノキ、譲ってもらいたいのもありますし、備長炭にも興味がありまして」

「わかりました」


戸波さんの役に立てるのは、なんだかとても嬉しい。

三村さんが席に戻るまで、戸波さんは色々な仕事の話をしてくれた。






「楽しかったし、美味しかったですね」

「そうですか、それならよかったです」


帰りの車では、車内の暖房が暖かかったから、気付くとウトウトと眠っていた。

聞こえてくる音が変わったことに気付き、

目を開けると、旅のほとんどが終わっているくらい、戻ってきている。


「あ……」

「起きましたか」

「ごめんなさい、私。すっかり一人で眠っていました」

「もう少ししたら起こすつもりでした。ここからどっちに向かえばいいですか、
長峰さんの家」

「家? いや、会社には」

「社長には明日乗ってくればいいと言われているので、そのまま送りますよ」

「……すみません」


すっかり眠ってしまって、何も役に立たずに申し訳なくなる。


「三村さん、このあたりの駅でいいですよ。三村さんのマンションは逆ですし。
まだ、電車もありますから」

「大丈夫ですよ、東京は狭いです」


『DOデザイン』を挟んで、よく考えると方向は間逆になった。

私が乗っていなければ、もっと早く戻れるのに。


「あ、次の信号は右です」

「はい」


結局、私は三村さんに甘えて、部屋の前まで送ってもらうことになった。




【20-2】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

≪Dressing 豆知識≫
知花の祖父がいる『和歌山県』。
梅やみかんの生産量が多いなのは有名だが、
実は『麻雀パイ』(御坊市)も1番。他にも碁石やサイコロも生産量が多い。

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