20 別れの挨拶 【20-6】

【20-6】

互いに、何も言えない時間が、また1秒重なっていく。

コーヒー、冷めてしまったかもしれない。



「あいつ……」

「あいつ?」

「あぁ、三村だっけ?」


なぜ、急に三村さんなのだろう。幹人、どこかで会ったのだろうか。


「ほら、前に知花と食事をしたとき、店で会ったことがあるだろ。
あの時、あいつが言っていたことを思い出したよ」


あの日……

『NORITA』の人たちといた小菅さんと三村さんが、私たちを見つけた日。


「知花には才能がないからって、言った俺に対して、
あいつは色々な可能性を捨てて選んだ人に対して、ずいぶん冷たいって……」


幹人に黙って従うだけの私に気付き、なんとかしようとしてくれた三村さん。

そう、確かにそう言った。


「あの時は、何を言っているんだと、腹立たしさしかなかったけれど、
今こうして思い返すと、知花が、本当は仕事をしたくて、辞めたくなくて、
もがいて苦しんでいること、あいつはわかっていたんだろうなと……」


人に自分をアピール出来る人もいれば、抑えてしまう人もいる。

その場になって、失敗して初めて、色々と気付くこともある。


「幹人」

「何?」

「三村さんってね、家族と全て縁を切って今の仕事をしているの。
昔は商売をしている家を継ぐために、大学に行っていたんだって。
やりたいことはやれないと諦めて。でも、途中で爆発してしまったって、そう言っていた」

「商売……何をしているんだ、アイツの家」

「さぁ、そこまでは聞いていない。でも、自分の言いたいことを押さえ込んでいると、
どこかで切れてしまうこともわかっていたから、
きっと、そんなふうに言ったのだと思う」

「そうか……」


人は、その立場を離れてみると、急に冷静になれることがあるのだろう。

結婚を取りやめたときには、こんな穏やかに話せる日が、すぐに来るとは思わなかった。

すっかり冷めてしまったコーヒーに、私は口をつける。

それでも、喉を通り過ぎていく香りは、しっかりと残っていた。


「知花」

「何?」

「俺はさ、今でも知花は、嫁さんになることが向いていると思っている」


幹人はそういうと、少し笑った。


「いや、ごめん、言い方がおかしいな。
今でも俺は、知花が料理をしていた姿が、一番好きだってことかもしれない」


私の作った料理。最初から上手だったわけではなくて。

喜んで食べてくれる人がいるから、幹人がよく褒めてくれたから、

気づくと、レパートリーが増えていた。


私は、彼に『美味しい』と言われることが嬉しくて、キッチンに立っていた。

幹人の好きなドレッシング、好きなコーヒー、

揃えるのが当たり前で、楽しかった日々。


「でも、知花は懸命に仕事をする自分も、好きになって欲しかったんだよな。
それがよくわかった」

「幹人……」


未熟者ではあるけれど、仕事に取り組む私も、そして女として料理を作る私も、

私にとってはどちらも自分。いらないとは切り離せない。



また、流れていた言葉が互いに止まってしまった。

過ぎてしまった時間を蘇らせるが、そこには同時に流れていく時間があり、

思い出はもう、形に出来ないものだと気付かされる。


冷静に向かい合えるのは、一つステップを踏んだから。

近付けばまた、距離感が保てなくなるかもしれない。


「……よし、俺は先に出る。知花はゆっくり飲んでから帰ればいい」

「ううん、いい、私も出る。『NORITA』の話、みんなに早く報告したいし」

「そうか」


幹人は伝票を掴むと、支払いを済ませてくれた。

私は『ごちそうさま』と頭を下げる。

顔を上げた時、幹人と目があった。


「それじゃぁな、知花」

「うん……」


目を先にそらしたのは、幹人の方だった。

幹人はそこから私の顔を見ることなく、まっすぐに進んでいく。

私は彼の背中に向かって、ずっと『ごめんなさい』を繰り返した。





よく、結婚するよりも離婚する方がよっぽど大変だという人の話を、

聞いたことがある。

別れるという選択肢を取るのだから、どういう状況であったにせよ、

憎みあいの気持ちはあるだろう。

それでも、私がどういう思いでいたのか、気付いてくれたことだけで、

何もかもを受け流せる気がした。



電車の中で、引越し物件として取り寄せた見取り図をあらためてみる。

新しい生活のために、気持ちを決めようと、私はそう考えた。




【21-1】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

≪Dressing 豆知識≫
知花の祖父がいる『和歌山県』。
梅やみかんの生産量が多いなのは有名だが、
実は『麻雀パイ』(御坊市)も1番。他にも碁石やサイコロも生産量が多い。

コメント、拍手、ランクポチなど、お待ちしています。(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


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