21 ひとつ先へ 【21-3】

【21-3】

それからしばらくの間、残業することもなかったので、

私は不動産屋に向かい、いくつかの物件を見せてもらった。

そして、新学期に向かう人たちよりも少し早く、新しい部屋を見つける。

春休みに入ると、混雑してしまうので、その前に日程を組んだ。


『あら、引越し?』

「そうなの。今までのところも悪くはないのだけれど、
少し気持ちを入れ替えようかなと思って」

『へぇ……そうなの』


物件を決めて、実家に連絡を入れた。

母は、手伝いに行くと張り切ってくれたが、それは必要ないからと断りを入れる。


『あら、どうして』

「今は、引越しもパックとかがあって便利なのよ。
もちろん自分で荷造りしてって方法もあるけれど、パックにした方が面倒じゃないし、
時間のこととかね、トータルで考えると安く済むの」

『安く済むの?』

「そう。ほら、お手伝いしてもらったりすると、お礼とかもしないとならないでしょ。
業者ならプロだし」

『まぁ、そういえば、そうね』

「落ち着いたら連絡する、そうしたらゆっくり来てよ。美味しいもの持って」

『そうね、わかったわ』


当日の手伝いは無用だと、なんとか納得してもらい電話を切る。

引越しの業者から受け取ったダンボールを広げ、

しまえるものからどんどん入れていくことにした。

昨日に比べて、今日の方がもっと物がなくなっていく。

カーテンや電気の傘は、新しくすることにしたので、処分してもらうものとして、

袋に入れた。



『知花……』



ここには、幹人と過ごした月日がある。

楽しくて笑ったことも、悔しくて泣いたことも、どうしたらいいのかわからなくて、

迷い続けたことも、色々とあった。

ここに住み続けながら消していくということは、不器用な私には難しい。

気持ちも、環境も新しく変えていくのだと、荷造りをしながらあらためてそう思った。





「どう? 準備万端?」

「なんとか荷造りは終わりました。あとは運んでもらってゆっくり……」

「そう」


事務所のメンバーにも、引っ越すことを告げ、準備もほとんど完了した。

見取り図を見ながら、優葉ちゃんが指で文字をなぞっている。


「何? どこかおかしい?」

「いえ、この住所……」



住所……



「近いんですよね」

「近いって、誰とよ」

「……3年前に別れた元彼です」


思っていた言葉と別のものが出たので、とりあえずほっとする。


「何かと思うじゃないのよ、知花ちゃんには関係ないでしょう、
優葉ちゃんの元彼なんて」

「そうそう」

「わかってますよ。ただ、懐かしい住所だなと思っただけで」

「あなたにとっては懐かしくてもねぇ」

「はい」


優葉ちゃんの元彼など、見たこともないし、名前も知らない。

私は『エビスパ』をフォークに巻きながら、口に入れる。


「近いですよね、三村さんとも」

「三村君?」

「あれ? そう?」


そう、結局悩んだ3軒の中で、私が選んだのは、三村さんと同じ路線の物件だった。

もちろんそれだけで選んだわけではないけれど、

それを関係ないとは言い切れない。


「同じ路線ってことでしょう。それは方向的にどっちかってことだもんね」

「はい」

「知花ちゃんは、気分を一新しようとしたのだから、
今までとは全く関係ない地域に行きたかったのでしょ」

「そうです」


まぁ、それもあるといえばある。

小菅さんのフォローに、感謝しないと。


「そっか、そうですよね、考えすぎですよね。
三村さんには『婚約者』いるってわかったわけだし」

「そうよ、ねぇ……」


私は、その通りだと黙って頷き、その場をごまかした。



『婚約者』



そういえば、ここのところ、自分のことであれこれ急がしかったけれど、

三村さんの事情は、どうなっているのだろう。

あれから、どう進み、解決したのか、細かいことは何も知らない。





その日の仕事を終えて、事務所には私と三村さんだけが残された。

三村さんは、伊吹さんとの仕事の詰めがあるために残っていて、

私は引き出しの最終案が社長に認められ、工場の返事を待っている。


「へぇ……絞らなかったんですか」

「はい。絞ろうとすると、どうしても素材の安い方に決めないとならなくて。
でも、素材ごとに風合いが違うので、2種類作ることにしました。
微妙に値段を替えないとならないのですが、今回は統一で」

「トータルで値段を出したわけですか」

「はい」


アイデアというより、計算だけれど、こういうことも必要だと割り切った。

三村さんは、用紙を半分に折ると、私のデスクに戻す。


「長峰さん」

「はい」

「変わりましたね」

「私……ですか?」

「はい。今までなら、確実に出来る方だけを選んだでしょ。すぐに材料が入る方とか、
問題なく済む方……とか」


そう、確かにそうだった。

今は、自分の思いを、成し遂げるためには、どこまででも突き進める気がしてしまう。


「ずうずうしくなったってことですか?」

「いえ、違いますよ」


三村さんは、カップに入れたコーヒーを飲み干すと、紙コップ部分だけを握りつぶし、

それをゴミ箱へ入れた。




【21-4】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

≪Dressing 豆知識≫
『DOデザイン』では、社長、伊吹、三村の3人が好むタバコ。
今でこそ、20歳以上でなければ吸えない規則だが、
明治時代は、子供が吸っても特に問題なくOKだった。

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