22 ランチのあとで 【22-5】

【22-5】

「失礼します」

「すみません……」


私たちは応接室に通され、そのままソファーへ腰を下ろした。

千葉さんは何度かここへ来ているのだろうか、通してくれた女性と、

何やら話をしている。私は周りを見ながら、何をどう説明しようかただ考えた。


「もうすぐ見えるそうですよ」

「はい」

「緊張しているんですか? 長峰さん」

「はい……」

「今日、ここに来てくれるのは、副社長の娘さんです。
去年の夏までアメリカに技術を学びに行っていて、秋に戻ってきたのですよ。
この春から本格的に経営にも参加されるようです。語学も堪能ですし、
まぁ、頭の切れる方ですから、話をしていてもとっても楽しくて……」


千葉さんは、何やらノートを取り出した。

そう、以前、うちに来ていたときにも、同じノートを出していたっけ。

表紙の分厚い紙が、ずいぶん痛んでいる。それだけ色々と書いてあるということだろうか。

扉が開く音がしたので、そちらを見る。


「お待たせしました。ごめんなさい」


私も千葉さんと一緒に立ち上がり、その女性に頭を下げた。

千葉さんの言うとおり、アメリカ生活をしていたという雰囲気はすぐに感じ取れた。

歩く姿も堂々としていて、表情も何か自信に満ちている。



萩尾さんに会ったとき……

そう、あの時もそう思った。



私は慌ててバッグの中から名刺入れを取り出す。

時間があったのだから、用意しておけばよかった。

手際が悪いと、それだけ印象も悪くなるのに。


「こちらが長峰知花さんです。どうですか? ……さん」



今、『さえ』と言わなかっただろうか。

ハッキリと聞き取れなかったけれど、千葉さんの口元が、そう動いたような気がする。



「名刺、いただけます?」

「あ……はい」


私が名刺を1枚取り出し、その女性に差し出すと、横にいた千葉さんが、

間違いないでしょうと言葉を足していく。


「本当ね……本当にあなたが長峰知花さんなのね」

「……はい」


私の名前を知っているのは、なぜなのだろう。


「ごめんなさいね、長峰さん。『さえ』さんの方が『長峰知花』さんと会いたいと、
名だしされて。私がここへつれてきますって、約束したの」



……『さえ』さん



「私も名刺を差し上げないとね」


出された1枚の名刺。



『株式会社MARBLE』

いや、そうではなくて……



「古川紗枝と申します」





この人が……





「紘生からは、どこまで聞いているのかしら」


紗枝さんの視線が、千葉さんへ動く。

千葉さんも、この人のことを知っているということだろうか。


「おそらく、長峰さんは何も知らないと……」

「知らない? あら、でも、長峰さん、紘生のことは知っているでしょ」


紘生……

やはり、この人があの古川紗枝さん。


「あ……あの……」


『MARBLE』の副社長の娘って、どういうことだろう。

三村さんは、この間紗枝さんのことを、幼なじみだとそう言っていたけれど。


「自分の名前を、みなさんの前で三村と名乗っているくらいですからね……」

「……三村? あ、そういえばそう。
電話をした時にも、なんだか口がくすぐったかったわ。三村紘生さん……なんて」

「はい」


何を言っているのだろう。私には話が見えない。

三村さんとどういう……


「あの……」

「あなた、紘生に『三村』って名乗られているの?」

「……はい」


名乗られているとは、どういう意味だろう。

三村さんは、三村さんではないのだろうか。


「長峰さん、三村さんの本当の名前は、違いますよ」

「本当の名前?」


本当の名前とは、どういうことだろう。

あれこれ言わなくていいから、わかるようにだけ説明して欲しい。


「長峰さん、あなた本当に何も知らないの? まずかったかしら、
そこまで知らなかったなんて。紘生に後で怒られそう」

「いいじゃないですか? 結局はわかるわけですし……」


千葉さんは、何もかも知っているという表情で、

目の前に1冊のパンフレットを出してくれた。


「……『折原製薬』」

「はい」


『折原製薬』と三村さんの関係。


「紘生の本当の名前は『折原紘生』なの。
『折原製薬』のグループ企業。『化粧品部門』のトップをしている人の息子よ」



『折原製薬』、『トップの息子』

私は、目の前で浮いている言葉を、どう頭に入れようかとただ考える。



『商売をしていて……』



そう、三村さんは実家は商売をしているとそう言っていた。

それが『折原製薬』なのだろうか。


『折原製薬』は、日本でも5本の指に入る製薬会社。

間違いなく、大手で……


商売って……私は、小さなお店を経営している程度だと、そう思っていた。


あの楽しそうに笑う姿も、真剣に怒ってくれたことも、

三村紘生ではないと言われると


全てが……



「今日、ここに来ていただいたのは、長峰さん、あなたに頼みがあるのよ」


紗枝さんは、私の知らない話しを好き勝手に並べた後、そう言い出した。




【22-6】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

≪Dressing 豆知識≫
チェストとは、引き出しのついたタンスなどの収納家具を示す。
それに対してキャビネットとは、扉のついた収納家具になる。
人気なのは、ガラス付きのものが多い。

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