23 真実のネタ 【23-2】

【23-2】

今まで、見せていた優しそうな目が、少しだけ深みのある色を持つ。


「そう簡単に無理だなんて言わないでよ。長峰さん、紘生のお相手なのでしょ。
入院して心細い気持ちのまま、息子に会いたいと思っているのは、
もしかしたら、あなたの母親になるかもしれない人なのよ」



母親……



「おば様が困っているのを、ただ見ているのが辛いの。
小さい頃から本当にかわいがっていただいたから。
だから私がこうしてお節介をしているの。
私がおば様を楽に出来るものならしてあげたいけれど、
私が言えば、紘生はきっと昔を色々と知っているだけに、構えてしまうから」


紗枝さんは、左腕につけているブレスレットに、また触れた。

小振りだけれど、綺麗なダイヤモンドが輝いて見える。


「少し前に、私の誕生日でね、おば様からこれをいただいたの。
これでもプレッシャーを感じて、一生懸命折原家の仲直りに貢献しようとしているのよ。
あなたも無責任に逃げなくてもいいでしょ」


紗枝さんの誕生日に、三村さんのお母さんはプレゼントを贈っていた。

娘同様に考えていると、そういうことだろうか。


「それにね、私、おば様に話したの。紘生と会ったことも、あなたの名前が出たことも。
驚かれていたけれど、でもきっと、会ってみたいと思われているはずよ」


三村さんのお母さん。

認めたくない仕事をしている私に、会いたいと思うだろうか。


「長峰さん……三村さん、いや折原さんは『折原製薬』が抱えるグループ企業の、
もしかしたら社長になるかもしれない人なんですよ」


社長……


「千葉さん、そういういい方したら、長峰さんが余計に返事をしづらくなるわ。
紘生は仕事に戻ることを納得したりしないと思うから。社長は無理よ」

「……そうですか?」

「たぶん……」


紗枝さんは、何年も仕事から離れている人間が、

いきなり幹部へ戻ることなどないだろうと、そう話を終わらせる。


「ごめんなさいね、本当に色々と。
でも、私、あなたがそこまで紘生のことを知らないとは思わなくて、
だって、大切な人だって言うから、それくらいは話しているものだと……」


知らないこと……

そう、確かに知らないことだらけだった。

名字が違うことも、商売というものの規模も、そして……





言葉の端々から、古川紗枝さんが、そして三村さんのお母さんが、

実は『婚約者』だということを、諦めていないことも……





今日、この場で初めて知っている。

三村さんは、何もかもが終わったことだと思っているけれど、

私にはそう思えない。





「とにかく、一度連絡を入れて、おば様のお見舞いにくらい来てって、
そう話してみて」


話の流れと、この場所から解放されたい一身で、私は頷くことしか出来なかった。

『MARBLE』に入って、1時間足らずで、私は千葉さんと外に出る。


「千葉さん……」

「はい」

「千葉さんは、いつからご存知だったのですか」

「ご存知……とは?」

「三村さんのことです」


三村さんが嫌がるプロフィールを勝手に載せようとしたのも、

あれだけ怒られても平気で笑っていられたのも、

こうした情報を持っていたからだろうか。


「折原紘生さんだってことは、あのプロフィールを載せる段階でわかってましたよ。
イタリアで賞を取ったことがわかれば、すぐに調べられましたから」

「……だから」


以前、千葉さんに会ったとき、まだこれからがあるような言い方をした。

それはこういうことだった。


「日本を代表する製薬会社の中で、トップの企業を束ねる社長の息子が、
その日暮らしのような生活を海外で数年しながら、
実は賞まで獲っていたって、いいネタでしょ?」

「ネタ?」


三村さんが、家族や友人との長い関係を全て捨てて、必死で生きてきた過程は、

この人にとっては、ただのネタになっている。


「ネタだなんて、ひどくないですか」

「ひどい?」

「そうです。三村さんはただ、逃げてきたわけではありません。
色々なことに耐えながら、ここまで……」


人に傷つけられ、人を傷つけ、でも、それを受け止めながら、必死に生きている。


「長峰さん、何を言っているんだって顔をしてますけど、
私はウソを書くこともなければ、人を騙しているわけでもないですよ。
知った事実を、ありのままに表現しているだけです」


ありのままだといえば、そうなのだろうけれど、

私には、ただ、かき回しているようにしか思えない。


「『MARBLE』と仕事でご縁を持ったのは事実です。
古川家と折原家の母親同士がエスカレーター式の大学で、
長い間同級生だったということも、調べていく中で知りました。
今回、こうした場を持って欲しいと頼んできたのは、紗枝さんの方ですから」


紗枝さんは、三村さんの部屋で話をしたときに出た私に、

会ってみたいと思ったのだろう。



自分とともに歩むのではないかと思っていた人が……

選んでしまった人として……



「紗枝さんは、『MARBLE』のエステ経営に携わる勉強をしている中で、
実際には、サプリメントの研究や、ダイエットのデータを管理する勉強も
されていたそうですよ。おそらく……」


おそらく……


「自分が将来、『折原製薬』に関わるのではないかと……実は、思っていた」


『折原製薬』に関わる。

それはつまり、三村さんとの縁をつなげていくということ。


「……というのは、私の勝手な想像ですが」


千葉さんは、それではまたと言いながら、次の仕事場へ向かってしまった。

人が慌しく歩く都会の真ん中に、私一人だけがポツンと残される。





『折原紘生』





私は、このことさえも、何も知らなかった。

全てを隠さずに話してくれていると思っていたのに、

その根底がグラグラと揺れてしまう。


事務所へ戻らないとならないのに、なかなか足が前に進まずに、

名前も知らない公園のベンチで、私はしばらく座り続けた。




【23-3】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【古川紗枝】
エステ業界で売り上げを伸ばす『MARBLE』、副社長の娘。
アメリカへ留学経験を持ち、食生活やエステの勉強を何年かし、日本へ戻る。
紘生とは母親同士が同級生で、兄妹のように育つ。

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