24 知らない顔 【24-3】

【24-3】

もう何も聞かなくても、言わなくてもそれでいい。

何一つ、仕事に自信が持てなかった私が、これだけ前向きになれたのは、

あなたがそばにいるから……



『あなたを信じたい……』



私は離れないように腕を回し、ぬくもりを求めるように唇を重ねた。

三村さんが誰であっても構わない。

私自身が、絶対にあなたを失いたくない……

三村さんの腕が、その気持ちに応えるように、私をつつんでくれる。


「納得、してくれましたか」


何を言われても、何も言われなくても、どちらでも一緒。

私は、この人を失えない。

たとえ、世の中の事情がそれを許さないと叫んでも……

私は……


「納得……することにします」

「すること?」

「ごめんなさい。正直、まだわからないこともあるけれど、でも……」


でも……


「これからもきっと、あなたはすべてを話してくれると、そう信じられるから」


この人なら、信じられる。

苦しくてもきっと、逃げたり避けたりしないはず。


「信じてくれるんですね、俺のこと」

「はい……」


紗枝さんがどんな思いを持とうとも、ご両親が一生、三村さんを許さなくても。

私にとって必要なことは、何一つない。


「長峰さん」

「はい」

「このまま……」

「このまま?」

「……盛り上がってもらえますか?」


真剣な話をしていたつもりだったのに、思いがけないセリフに、

なんだか、悩んでいたことがおかしくなってしまう。


「……もう!」


私はそれでもしっかりと頷き、優しい笑みを浮かべる唇に、もう一度キスをした。





そういえば、いつからだったのだろう。

どうしようもないほど、嫌な人から、そばにいて欲しい人に変わったのは……

小さなことかもしれないけれど、自分にも何かが出来ると思えたのは……

そう、いつからだったのだろう。


幹人とつきあっている頃には、こんな感情はどこにもなかった。

ただ、彼を見ているだけで、ただ、ついていくだけで、

何もかもが動くとそう思っていた。


耳に届く、どこか湿り気のある彼の息づかいと、私の鼻に触れる彼の肩。

彼の指が私の形を確かめるように、ゆっくりと下に降りていく。


私は何も力がないし、才能もないけれど、

でも、この人といると、それだけではない思いが自然とわき起こってくる。


小さな思いでも、それが彼のためになるのなら、

出来ることは全てしてあげたい。


彼の進むべく道を示すように、私は脚を動かしていく。

『誰よりもそばにいたい』と、心の底からそう思った。



……ぬくもりの中に、何度もそう思った。





「ねぇ……」

「ん?」

「このまま眠っていて平気なの?」

「どうして?」

「始発で出るのでしょう」

「うん……」


まどろみの中で、ふと現実に戻された。

明日から、三村さんは伊吹さんと出張。支度は出来ているのだろうか。


「支度」

「してありますよ。旅慣れしているのかな、
そういうことには時間がかからないみたいです」

「そう?」

「うん……」


ベッドの中で、少しだけ体を動かし見てみると、

確かに部屋の隅にスーツケースが置いてある。

私が心配するようなことは、なかった。


「旅慣れている……か、確かにそうでした。余計なことを言ってごめんなさい」

「いや……」


三村さんは、海外に一人で行けるし、旅慣れるくらいあちこちに移り住んでいた。

賞を取った作品は目の前にあるけれど、そのために色々なものを切り捨てた。

この一つの部屋が、三村さんの今の全て……



私はその中に、こうして入ることになった。



彼の大切な場所に、入ることが出来た。

恥ずかしいのと嬉しいので、口元がむずむずする。


「ねぇ……」

「今度は何?」

「伊吹さんのアイデアと、三村さんのアイデア、まとまりました?」

「うん……」


一番真面目に語れそうなこと、そう仕事の話をすると、

三村さんは、目を閉じたまま答えてくれた。

目を閉じるのに、ふさわしい時間。

眠らないとならないことはわかっているのに、私だけだろうか、

このまま目を閉じたくないという思いが出てしまう。


「それぞれ譲れないものを押し出しているうちに、わかることがありました」

「わかること?」

「そう……こう、流れるような曲線の中に……」


三村さんの手が私の胸へ動き、台詞と一緒にスーッと膨らみをなぞるように動く。


「しっかりとしたストレートがあって」


その手は、腹部を滑り落ちるように、まっすぐに進む。


「ふざけているでしょ」

「あはは……」

「もう! 真剣に聞いているのに」


目を開けて、楽しそうに笑う三村さんの頬を両手でつまんでみる。

変な表情になるのがおかしくて、怒ることも忘れてしまった。


「長峰さん、俺、寝起き悪いんですよ、起きなかったら責任取ってくださいね」

「嫌……」

「嫌?……それなら仕方がないけれど」


三村さんはそう言いながら、腕を動かし、私を抱きこむようにする。


「なんだか熱い」

「耳元で、離さないと言ったでしょう」

「聞いてません」

「またまた……」


互いに見つめ合い、ふざけあって笑いながら、その日は自然と眠りについた。




【24-4】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【折原紘生】
三村の本名。『折原製薬』の化粧品部門トップに立つ、折原国男を父に持つ。
実家との決別をするため、あえて名乗らずに生きてきた。
イタリアにいた時に、『J』の名前で、デザインの賞を取る。

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