25 チームワーク 【25-4】

【25-4】

何が語られるのかと、それぞれが社長に注目する。


「今朝、『レモネード』で取材され語られていた『折原製薬』の息子というのは、
そう、ここにいる三村のことだ。伊吹を始めとしたみんなには、
三村という名前で通したいというのが本人の希望で、
私は事情を聞いた上で、それを認めて入社させた」


社長はやはり、三村さんのことを知っていた。

よかった、とりあえず詐称にはならないはず。


「デザインの仕事の中で、本名と作業ネームを使い分けるようなデザイナーはいるし、
いちいち仕事をする時に、戸籍を見せる必要もない。
だから、三村紘生で十分だと思っていた。ただな、クライアントの感覚は違う。
お金を出す以上、何かひっかかりがあったら、それを取り除きたいと思うことを、
否定できない」


『KIRIMURA』が担当者を変えて欲しいという希望を出してきた以上、

こちら側はそれに答えなければならない。


「この仕事のボリュームと難易度なら、伊吹と三村にと思ったのは私で、
このトラブルを生み出したのは、社長である私の責任だ。みんなにも、いや、
抗議をじかに受けた伊吹には、本当に申し訳ないことをした」

「すみませんでした」

「いや……」


伊吹さんは事情がわかればそれでいいと、静かに席に座る。


「三村君、どうして言ってくれなかったの」


小菅さんはそう尋ねた。

私も、もしこの場で初めて知ったのなら、同じように思っただろう。

なぜ、最初から全てを話しておいてくれなかったのかと。


「『折原』の中で働いていたのは、1年程度でした。
それからは飛び出すように出て行くことになって、家にすら戻っていません。
自分の中で、『折原』という名前は、この仕事の中でどうしても語りたくなくて」


三村さんは、反対している人たちの名前を語りながら仕事をするのが、

どうしても嫌だったのだろう。


「それにしても……」

「入社してすぐに、全ての人間を信用できなかったんだろ」


……いや、違う。

人を信用できないと言うより、言ったあとの空気感が怖い。私はいつもそうだった。

意見を出してと言われても、それがうまく伝わらなかったときに、

もし、流れている空気を止めてしまったらと、いつも考えてしまって、

長い間、そう、6年もの間、何も言えなかった。


「あの……」


違うのだから……


「三村さんは、みなさんを信用できなかったのではないと思います」

「……知花ちゃん」

「怖いんです、思うとおりのことを全部話してしまって、
どういうふうに取られるのか、認めてもらえなかったら、嫌だと思われたら、
どうしようかって、私は常に考えていました。6年も働いていたのにです。
強く出て、否定されるくらいなら、それなら周りを見ながら、
自分を少しずつ出した方が、生きていきやすくて……いえ、何も言わない方が、
生きていきやすくて……」


少し筋からずれてしまっただろうか。

でも、きっと三村さんは怖かったはず。

『折原製薬』という大きな壁が、自由になった三村さんの翼を、

上から押さえつけてしまったら、デザインの中で思うように自分を出せなくなる。


「みんなにも色々と思いはあるだろうが、三村にも、三村の感情がある。
私はこれからも、うちの社員、三村として付き合っていくつもりだ。
裏にある出来事には、本人がきちんと対応すればいいだろうから、
それを追求していくつもりもない。みんなにも、そうして欲しいと思うけれど、
どうだろうか」


社長の言葉に、伊吹さんは了解したという拍手をしてくれた。

小菅さんや塩野さんがそれに続き、人数の少なさをカバーするために、

優葉ちゃんが目一杯音を出す。

私もそれに重なるように、手が痛くなるくらい、拍手をした。


「よし」


よかった。これからも三村さんはここで働ける。


「長峰」

「はい」

「三村の仕事は、お前が引き継いでくれ」

「……何をですか」

「何をって、『ナビナス女子大』の寮で使う家具デザインだよ」



私?

私が三村さんの代わり?



「よろしくお願いします、長峰さん」

「いや……その」

「頼むぞ長峰。うちにとっては大きな仕事なんだからな」


私に出来るだろうか。

動き出しているとはいえ、まだまだ修正もかかるはず。

伊吹さんと組んで、三村さんの代わりをするなんて、私……



とても自信が……



「頑張ります」



頭の中では慌てていたはずなのに、心がそう叫んでしまった。

そう、今、自分で言ったはずなのに、逃げてはダメなんだと。

私は、ここで大好きな仕事をすると、そう決めたのだから。


「頼むわよ、知花ちゃん」

「……はい」


三村さんに送られていた拍手は、私を励ます拍手にいつのまにか変わっていた。





「これ、渡します」

「はい」


三村さんは封筒を私のデスクに置くと、タバコを手に持ち、事務所を出てしまった。

三村さんにとっても、気持ちを入れてきた仕事だろう。

どこか力が抜けてしまっているように見えてしまうのは、私の考えすぎだろうか。

紗枝さんに対しても、男女の感覚ではないにせよ、

昔から知っている幼なじみとしての信頼も、あっただろうに。

これだけ見事に裏切られるなんて。



また、友達に裏切られてしまった日のことを、思い出してしまうかもしれない。



心が苦しくて、弾けてしまった日のこと……



「長峰」

「はい」

「お前、封筒だけ受け取っても仕方がないだろう。
三村がどういう進め方をしてきたのか、全部聞きだしたのか?」

「いえ、あの」

「だったらすぐに聞いて来い。こちらの事情なんて向こうは待たないぞ。
すぐに打ち合わせもあるから、ほら……」


伊吹さんは、私に屋上へ行けと、指で合図する。


「そうよ、知花ちゃん。今すぐに行って、全部聞きださないとね」

「全部……ですか」


三村さんは今、担当を交代されたばかりなのに、

気持ちの整理もついていないかもしれないのに……


「そうそう、仕事の方針ももちろんだけれど、そうね、辛いこととか? 
悲しいこととか?」


塩野さん、なぜ言いながら笑っているのだろう。


「辛いこと? 悲しいこと? それって、仕事に関係あります?」


私より先に、優葉ちゃんがそう言葉を挟む。



仕事……



「あ、優葉ちゃん、ダメねぇ。デザインを軽く見ているでしょう。
気持ちが仕事に出るのよ。だから、ほら、早く!」

「早く、早く!」


優葉ちゃん以外の人は、みんななぜか笑っている。

私はわかりましたと答え、封筒を持ったまま事務所を出る。

数歩進み、エレベーターの前まで来たとき、なぜだかおかしくなった。




【25-5】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

≪Dressing 豆知識≫
タンスの数え方は、『竿』で数える。(一竿、二竿……)。
その理由は、江戸時代、タンスを竿で担いで運んだことからで、
当時は、竿を通す金具がついていた。

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