26 嫌みの渦 【26-1】

26 嫌みの渦

【26-1】

「三村さんの先生なのですね」

「はい。恩師と言える人です」


『恩師』

どんな人なのだろう。年齢はどれくらいで、どこに住んでいるのだろう。

もし、会えるものなら、私もお会いしてみたい。

この三村さんを作り出した人なら、きっと、刺激もたくさんあるはず。


「あの……」

「申し訳ないですが、長峰さんのキラキラには応えられませんよ」

「キラキラ?」

「そう、見たい、聞きたい、触れたい……のキラキラです」


先に言われてしまった。

『キラキラ』って表現は、どうかと思うけれど。


「なぜですか。今はもう、お付き合いをしていないからですか?」


三村さんのことだから、言いたいことを言ってしまったとか、

意見を譲らずに、疎遠になったとか、理由はあちこちにありそうな気がする。


「お付き合いは、確かにしていませんけど、それはあえてしないのではなくて、
出来なくなったからです」


出来なくなった……


「三村先生は、1年半前に亡くなりました。というか、正式に言えば、
俺は出会った頃から、先生がもう長くないことも知ってましたけど。
学校時代の友人から、イタリアに連絡が入って、先生の入院を知って、
どうしても最後に会いたくて、日本へ戻ってきたんですよ」


『三村栄吾』さんは、血液の病を持っていた。

何度も手術をしたけれど、完治することはなく、42歳の若さで亡くなったという。


「イタリア……から」

「はい。賞を取った後、家から連絡があった話をしましたよね。
それで日本へ戻る決意をしたんです。俺は一生、この仕事をして生きていくと、
そう、先生に誓いたくて……」


先生に会うために、三村さんは外国での生活を終えて、

誓いを守るために、うちへ入社した。


「そうだったんですか、ごめんなさい何も知らないから、私」

「そんなことはいいですよ」



『恩師の死』

それが今の三村さんを、作り上げたということだろうか。


「日本で就職をすることにして、向こうでの生活を整理して、戻ってきて。
『DOデザイン』に入ることになりました。
今考えると、最初の頃、俺が長峰さんに突っかかっていたのも、
仕事に対して、諦めているようなあなたの態度が、
先生の死と重なっていたのかもしれません」


結婚をするからと自分自身に、言い聞かせていた私。

大好きなデザインの仕事を、どうでもいいものだと表現した。


「やれば出来るのに、どうして逃げるのかってね……」


あの頃、三村さんの発言に、これほど色々なことが隠されているとは、

全く思っていなかった。ただ、言いたいことを言って、

人を困らせるのが好きなのだくらいにしか思っていなかったかもしれない。


「私……」

「過去のことはいいですよ、もう。
こんな話で、長峰さんが先生に興味を持ってくれたのは、俺も嬉しいですし、
そう、出来たら会わせてあげたかったな。本当にいい人でしたから」


私も大学でデザインを学び、教授や講師にも出会ったけれど、

これといって、長く慕っている人はいない。


「本当に、デザインが大好きな人でした。俺の境遇も親の反対ももちろん知ってくれて、
どこか投げやりなことに対しては、本気で怒鳴られました。
全力で向かい合わないやつに、教えるものは何もないって……」


三村さんも、好きなことを学びながら、どこかで諦めていた。

越えられない運命のようなものを、背負い続けていたのだろう。


「『折原製薬』が日本の大手で、世の中から必要とされていても、
お前がそんな態度なら、デザインをしてもしなくても、必要な人間にはなれないってね。
この仕事をやるという思いは、生まれながらに持たされるものではない。
デザインの仕事は、誰でも表現できるし、自分の力を出せるものだ。
そこに上も下も、金持ちも貧乏もない……。そう言われました」


お金持ちも貧乏も、確かに関係ない。

出来たもの、それが全て。


「時間がないことを自分自身わかっていたからこそ、中途半端な俺が、
気になったんでしょうね。でも、本当に色々と教えてくれましたよ。
先生との時間は、俺にとって一生の宝です。
だから俺は、仕事の中で『三村』を名乗ることにしました。
先生への感謝も込めているつもりですし、絶対にこの道を諦めることはしないという、
俺なりの決意もあります」



『三村』



その名字には、三村さんの強い気持ちが、入っていた。

恩師の三村さんには会えないけれど、でも、その思いはきっと、

目の前の三村さんに引き継がれているのだろう。


「あ……そう、そうなんですよ」


三村さんは大切な名刺をケースにしまう。


「三村先生って和歌山の方ですよ」

「エ……和歌山? どこですか」

「だから和歌山」

「和歌山市ですか」

「確か……」


お会いしたことも、声を聞いたこともないのに、『和歌山』という共通点があるだけで、

ものすごく身近に感じてしまった。

無理だとわかっているのに、会ってみたかったという思いが、

さらに膨らんでしまう。


「そうなんですか、和歌山の方なんですか」

「はい。和歌山には一度行ってみたいと思っていたのですが、なかなか機会がなくて。
和歌山へ入ると言うことは、俺にとって、気持ちが引き締まることなので」


そういえば、前にもそんな話しがあった。

和歌山という場所が、交通網の不便さで行きにくいのかと思っていたが、

事実はもっと別のところにあった。


「和歌山の方ですか。それなら余計にお会いしたかったな……」


三村さんは、男同士だったので、写真なども残していないと言い、

コーヒーを入れるために立ち上がった。




【26-2】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【三村栄吾】
紘生がデザイン学校で知り合った先生。
自らの病を知りながらも、亡くなる直前まで、全力でデザインにぶつかった人。
紘生が三村を名乗ったのは、憧れの人の名字だったから。

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