26 嫌みの渦 【26-6】

【26-6】

どう見ても、おかしな動きがあるはずなのに、

反対に座る現場リーダーの犬井さんは、目をそらしたまま。


「髪の香り……」


猪田さんの口元が、少し動いた。

にやついたような笑い顔。わかっていて、何も言わないのだろう。


「あの、雪村さん……」


私は右手で、雪村さんの手をどかそうとするが、逆にその手をつかまれる。


「あぁ……柔らかい手だね」


この人、慣れている。

こんなふうに誘い込んで、今までも立場の違いで、黙らせて来たのだろうか。


「渡すものと、渡されるもの。大きさを比べてみてください」


雪村さんの口調が、急に冷静なものに変化した。

仕事をもらう代わりに、言うことを聞け……そんなところだろうか。

怒りというよりも、気持ちの悪さで、鳥肌が立ちそうになる。

猪田さんの上司である山野さんも、雪村さんの言葉が耳に届いているだろうに、

全く表情も変えない。

どういうこと? 最初からこうなると思っていたわけ?


「すみません、手を……」


手が……

脚の内側に……

どうにかして、動きたい。


「何? 脚を動かしているところを見ると……君の女の部分が、騒ぎ出したかな?」


女の部分? どういうものの言い方をするのだろう。

舐めるような目、べたつくような手……



こんなもの、仕事ではない……嫌!



「申し訳ありませんが、ここに私は必要ではない気がしますので、失礼します」

「長峰さん」

「仕事のお話が出来ると思いました。でも、違うようですので……」


咄嗟に、何を言ったらいいのかよくわからなかった。

それでも、このまま流れに身を任せているわけには……

いきなり立ち上がったからか、無言の時間が一秒、一秒重なっていく。

雪村さんの顔が、私を見た。


「なんだなんだ、君は余裕のない女だな」


余裕? どういう意味だろう。


「全くもう……遊びも理解できないのか」


これは『遊び』なのだろうか。私一人が不快な思いをし続けることが、

『遊び』という言葉で、片付けられるものなのだろうか。


「長峰さん。それとも君は、自分が男をすぐに誘惑できるような、
魅力的な女だとも思っているのかな?」


雪村さんは笑いながら、目の前のグラスを空にした。


「ちょっとした、コミュニケーションじゃないか」


コミュニケーション?

人の太ももを触り、スカートの中に手を入れそうになる行為も、

勘違いされそうな言葉をぶつけてくるのも、コミュニケーションだろうか。


「あら、先生。こんばんは」


このタイミングで、店のホステスが姿を見せた。

私より若いだろうか、化粧が濃いのでよくわからない。


「おぉ、ここに座ってくれ。いい気分で酔っていたのに、酔いが醒めてくる」

「あら、醒めちゃつまらないわね」


お店のホステスさんが、私をどかすように中へ入り、

雪村さんの手を、自分の胸に当てて見せた。


「先生、はい、コミュニケーション」

「あはは……そんなふうに最初からされちゃうと、おもしろくないんだよ。
そこは恥らえって」


猪田さんの含み笑いをした顔が、目の前にあり、

現場でリーダーを務める犬井さんの、

どこか面倒くさそうだと言いたげな顔がそこにある。


「長峰さん……何をするにも余裕がないとね、色々とこれから詰まりますよ。
人生遊びが大事。そもそもあなたのやっているデザインなんて、遊びじゃないですか」


雪村さんは、自分が悪いとは少しも感じていないようで、私にそう言った。



これは……

からかわれたということだろうか。


「君に『女』なんて、全く感じてませんから平気ですよ」


雪村さんは、そう言いながら、隣に座ったホステスさんをさらに引き寄せた。

誰からのフォローもなく、誰からも声がかからない。

私は、座っていたソファーを必死に動かし、外へ出る場所を作る。


「失礼します」


これでいいのかどうかわからないが、その場に残る気持ちにはならずに、

そのまま一人店を出た。




【27-1】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【三村栄吾】
紘生がデザイン学校で知り合った先生。
自らの病を知りながらも、亡くなる直前まで、全力でデザインにぶつかった人。
紘生が三村を名乗ったのは、憧れの人の名字だったから。

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