27 意地と恋の熱 【27-3】

【27-3】

ヘルメットを取る犬井さんに、私は『お疲れ様』ですと頭を下げる。


「明日もここに立つつもりですか?」


私は『はい』と答え、よろしくお願いしますと声に出した。

現場監督の犬井さんは、明日も作業を確認するということに、

あまりいい顔をしてくれない。

私が外に立っているのは、迷惑だと言いたいのだろうか。


「明日もきっと、振り回されますよ」

「犬井さん……」

「猪田さんは、いつもあのような感じです。特にこの春、異動が決まって、
自分の思うような現場担当ではなくなったので、気持ちが乱れていますから」


春の異動。

ふと、幹人のことを思い出す。


「申し訳ない。現場の職人リーダーとして、私がもっとしっかり言い返して、
あなたがここにいなくてもいいようにすればいいのだけれど……」


犬井さんは、さらに手ぬぐいを取ると、深く頭を下げてくれた。


「犬井さん、そんなことしないでください」

「いや、昨日のことも猪田さんが悪いんだ。
雪村さんにわざと長峰さんが怒るようなことを言わせたり、態度をとったり。
それはわかっているのだけれど、私たちもね、『花嶋建設』から仕事をもらわないと、
やっていけないんだよ」


『花嶋建設』の現場だからといって、

作業をする職人さんが『花嶋建設』の社員というわけではない。

下請けの会社が、実際には動いている。犬井さんもそうなのだろう。

それぞれの立場……


「大丈夫です。犬井さんたちの仕事を、疑っているわけではないですから。
私も融通性の聞かない面倒な人なので」

「いやいや」

「でも、このデザインがきちんと完成するのは、どうしても自分で確かめたいのです。
私に思いを託してくれた人に、安心して欲しいから」


今までずっと、三村さんに助けてもらってきた。

この私が、デザインの仕事をこれからも頑張ろうという思いを持つことが出来た。

それは全て、あの人が導いてくれたから……


「思いを託してくれた人……」

「はい。本来ならこの場所にいなければいけない人がいるのですが、
事情があって、見届けられないのです。仕事に誰よりも情熱がある人なので、
その人の思いに、私自身が応えたくて……」


三村さんの思い。なんとしても、負けられない。


「明日一日、どんなことをしても、頑張ります」


私はそういうと、精一杯の握りこぶしを作って見せた。





その日は、事務所に戻らず直接部屋に戻ることを許可してもらった。

とにかく疲れてしまった体を、すぐにベッドで休ませる。


「はぁ……疲れた」


気疲れと、立ち続けた肉体の疲れと、色々なものがごちゃ混ぜになっているけれど、

明日頑張れば、とりあえずは一段落する。

なんとしてもと思いながら、その日は早めに眠りに着いた。





気持ちだけは十分すぎるくらい持っている。

でも、体は頭を同じ行動をしてこない。

朝起きると、喉は痛いし、頭も少し痛んだ。

家にある常備薬を飲み、今日も現場に直行する。

天気もどこか機嫌を悪くしているのか、昨日に引き続き雨模様だった。


「こっちに運べ」

「はい」


職人さんたちはきちんと動いている。今朝は、別の仕事から入っていた。

材料は現場に届いたものの、目の前にあっても私が勝手に組み立てるわけにはいかない。

誰もいない場所に一人。

途中まで組み立てられた、組み込み箪笥の木目に触れた。

色も、形の柔らかさも、三村さんらしさが出ている。

絶対に完成させて、色々な人に見て欲しい。


「何しているのですか」


声に振り返ると、猪田さんが立っていた。

私は、職人さんたちが戻るのはいつなのかと聞いてみる。


「向こうが終わったら来ますよ。全く、いちいち、子供じゃないんですから、
そこまで信用ないのかな」

「そういうつもりではありません。でも、作業の進行状況から考えると、
この仕事だけずいぶん遅れているので」


そう、最初の予定では、昨日のうちに終わっていなければならないことが、

今になっても終わっていない。


「や、り、ま、す、よ、最終的には」


人差し指を私の顔に向け、一文字ずつ言葉を出した。

やればいいのでしょうという、投げやりで嫌みな言い方。


「何、いきり立っているんだ。たかが、家具のデザインだろ。
こっちは建設全体の仕事があるんだよ」


たかが……


「猪田さん。たかがとは、どういうことですか」

「どういうこともこういうこともないですよ。
そんなものね、雪村さんが言っていたでしょう。遊びですよ、遊び。
建物の耐震性などに比べたら、どうだっていいことです」


どうだっていいこと……

いい加減にして欲しい。


「猪田さん」

「何か」

「物が人に与える影響力を、お考えになられたことはありますか?」


私の問いに対して、いつものように猪田さんは面倒だという視線を向けた。




【27-4】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【猪田剛士】
『花嶋建設』の現場責任者。思った通りの人事にならなかったことで、
取引先の社員や、下請けの社員に嫌みばかりをぶつけている。
それとは逆に、権力者にはめっぽう弱い。

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