27 意地と恋の熱 【27-4】

【27-4】

「は? 物が人?」

「はい。生活が滑らかになることで、気持ちが安らぎます。
その分、心に余裕が出来ると、色々なものが見えてきたり、感じられたりするものです。
私たちは、その『一歩』を作品に込めています。使う人のことを考え、
どうしたら快適になるのか……そう、滑らかになるのか、いつも考えています」


みんな、自分の仕事に、全力を向けている。


「引き出しがスムーズに開かなかった。椅子の足に自分の足をぶつけた。
テーブルの高さがあわなかった。それだけで一日が暗くなります。
でも、その逆ならば、一日頑張れるという、そんな気持ちにもなれるものです。
人は……」

「ほらほら邪魔ですよ、長峰さん。職人が戻ります。外へ出てください。
どうせ見ていくのでしょう」


人が話をしている途中で、止められた。

私はあらためて傘を持ち、また昨日と同じ場所に立つ。

絶対に最後まで見届ける。

猪田さんの好きなように、そう、適当にはさせない。



三村さんが、どれくらい気持ちを入れてきたのか、全てわかっているから……



いや……こうなってきたら、私の意地だけかもしれないが、

それでも、この仕事は、何があっても、途中で投げ出せない。



職人たちが元の場所に戻り、最後の仕上げをしていく。

板をはめ込み、ズレを確認する。

組み合わせた位置を少しずらし、隙間をきっちりと埋めた。


三村さんが屋上で書いていたデザイン。

先輩である伊吹さんと、何度も何度も打ち合わせをし、

細かいところにまでこだわって、書き直し、悩みぬいて、しっかりと組み立ててきた。


それがここで、一つの形になる。

私はそれを見届ける。



結局、私はまた雨の中に、4時間も立たされた。





「長峰さん、終わりましたよ」

「はい」


現場リーダーの犬井さんから声がかかったのは、午後3時を過ぎた頃だった。

傘を閉じてヘルメットを被り現場に入ると、なんだか頭がボーッとする。

それでも、気になる箇所はしっかりとチェックさせてもらっていると、

時間はさらに30分が経過した。


「どう?」

「はい。大丈夫です」


動きの滑らかさ、手を入れる部分の大きさ、角度、上段と下段の差。

そう、色々とあったけれど、ここまではしっかり完成した。


「完成してみてわかったよ。少し角度がついているんだね、引き出しに」

「はい。引き出しやすさと、洋服を入れやすく、選びやすくするために工夫しました」


そう、これはアイデアの塊。

見ただけではよさが伝わりきれないけれど、使ってもらえばわかるはず。

また、三村さんにデザインをして欲しいと、きっと思ってもらえる。



やっとここまできた。



私は、職人のみなさんに『ごくろうさまでした』と声をかけ、立ち上がる。

一気に疲れが出てきたように感じ、一瞬、ふらついた。


「長峰さん、大丈夫かい」

「大丈夫です」

「こんな雨の中、二日間も立ち続けたんだ……あんた……」

「すみません、外でじっと見られているのも、嫌だったでしょうに、
ありがとうございました」


一つ見本が出来さえすれば、どうして板にまでこだわっているのか、

犬井さんにもわかってもらえるし、これからの作業はもっと早く進むはず。

私はあらためて傘を差し、駅まで歩くことにした。


一歩ずつ雨の中、進んでいく。


「ふぅ……」


そう、見本完成までこぎつけた。

今日でとりあえず、私が現場に行くことはなくなるのだから、

本来なら猪田さんに挨拶をするべきだった。

でも、持ち場が完成したとき、猪田さんはすでにどこかに行っていってしまった後で、

顔を見ることも出来ないままだった。

向こうにも、私と顔をあわせる気など、なかったということだろうけれど。


「はぁ……」


空しい……

世の中には色々な考えの人がいるだろう。

それでも、同じ仕事場にいたもの同士、最後に挨拶も出来ないのかと思うと、

『無』だけが心を埋めていく。

それでも、駅まで戻り電車に乗る頃には、

気持ちが『終わった』ことを意識し始めたからだろうか、

体がぞくぞくし始め、顔が妙に熱くなった。

暖房が効いている季節でもないし、だからといって大量の汗をかく季節でもない。



そういえば、朝から頭が痛かった。

きっと、風邪をひいたのだろう。



今日も、少し早めに家に帰って、温かいものでも食べて寝てしまえば……



きっと、明日には元気になるはず。



三村さんに、『やり遂げました』と挨拶だけして……



今日は、おとなしく帰ろう。





なんとか駅で降りて、なんとか階段を上がる。

足が重石でもつけているように重い。

事務所のエレベーターを待ち、出て行く人たちの後で、一人乗り込んだ。

時間はそろそろ5時。

優葉ちゃんは金曜日だから、そわそわしているだろうか。



そう、事務所は目の前……



「あ……長峰さん、お疲れ……」



三村さん……

屋上に行くつもりなのか、手にタバコ……





私、やり遂げました。私……





どこかで私を呼ぶ声がするけれど、

体全体が重たい鉛のようになっていて、声を出すことが出来なかった。




【27-5】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【猪田剛士】
『花嶋建設』の現場責任者。思った通りの人事にならなかったことで、
取引先の社員や、下請けの社員に嫌みばかりをぶつけている。
それとは逆に、権力者にはめっぽう弱い。

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