27 意地と恋の熱 【27-6】

【27-6】

「今、何時ですか」

「今……11時少し前かな」


11時。

ずいぶん遅くなってしまった。


「何か食べました?」

「大丈夫ですよ、俺は元気ですから、食べたいと思えば自分で買いにいけますし。
それより長峰さんは何か食べたくなりましたか?」


私は首を振る。

熱があると、昔から何も食べられない。


「脱水症状になると困るので、『スポーツドリンク』だけでも買ってきます。
後は、適当に……」


もう大丈夫ですからと、言おうとしたはずの口は、何も言えないまま閉じてしまった。

三村さんが部屋を出て行く音だけが聞こえる。

私は天井を見ながら、戻ってくる足音を待っていようと、少し深めに布団をかけた。





「ただいま」

「お帰りなさい」


三村さんは両手に色々と買い物をしてきてくれた。

約束していたスポーツドリンクはもちろんのこと、アイスやヨーグルト、

おにぎりや即席のスープ。ビニール袋から取り出しては、テーブルに並べている。


「今すぐには無理でも、食べられそうになったら食べた方がいい。
抵抗力がなくなるから」

「……はい」


これだけしてもらったのだから、『もう大丈夫』と言わなければ。

部屋に帰って、ゆっくり休んでくださいと、言わなければ……


「ありがとう、もう……」



もう、大丈夫。

いや……そんなふうに、今、言う自信がない。


「俺がいると、休めないかな」


帰ってしまうのだろうか……

でも、そう……、そうしないと。だって、三村さんは明日も仕事。

きちんとした場所で眠らないと、疲れも取れないのだから、帰ってもらわないと。

子供ではないのだから、自分の熱くらい、自分で……



「帰った方がいい?」



問いかけてくるなんて……

私に決めろということだろうか。


「言ったでしょ。俺、あなたの思いに応えますって」


『応えること』

そう、そう約束してくれた。



「……いて」



こうだから、こうした方がいいだろうからなんて、考えるのはやめた。

病気だもの、熱があるのだもの……



「……そばに……いて」



言ってしまった。

目の前には、なんだか嬉しそうな三村さんの顔。


「熱を出すっていうのも、たまにはいいですね、そういうおねだりをする感じ……」

「エ……」

「男心をグッとつかみますよ、素直な言葉は」


三村さんは、もう一度言ってくださいと、私の方へ耳を寄せてくる。

そんなふうにされると、とても言う気にはならないし、

熱とは違った意味で、なんだか顔がほてる気がして、布団を少し深めに被った。

すると、プシュっという、缶を開ける音がする。

布団をずらすと、目の前で三村さんが、小さな缶ビールを飲み始めたのが見えた。


「あ……」


三村さん、車。


「もう帰れと言われても、無理になりましたから。今日はここに寝ます」


そう言いながら、ベッドに乗せてあるクッションを取り、下に置く。


「ここだと、ゆっくり眠れないかも。背中が痛くなるかもしれないし」


やっぱり、帰ってもらうべきだった。


「平気ですよ。俺はどこでも寝られますから。旅生活もしてましたし」


旅生活、確かにそうだけれど。


「明日、仕事ではないですか」


三村さんは明日も仕事。

抱えているものもいくつかあるし、いくら担当が私になったとはいえ、

伊吹さんも報告なり色々とあるだろう。


「小菅さんが気にしていたんですよ、ずっと」

「小菅さんが?」

「そう。知花ちゃんがずいぶん『花嶋建設』に嫌みを言われているって」


小菅さん。

三村さんには言わないって約束していたのに……


「告げ口したと、小菅さんを怒らないでください。
三村さんには心配かけるから言わないで欲しいと、話していたことも言ってましたから」


そう、心配かけまいとして頑張ったのに、

結局、こんなふうになってしまった。

仕事が終わったからといって、熱を出すなんて子供のようだ。


「もし、俺がそんな話を聞いたら、長峰さんに対してどうしてそんな態度を取るのか、
お前たちいい加減にしろと、殴りこむくらいに思っていましたか」


殴り込むとまでは予想していなかったけれど、

何かするのではないかと思っていたのも事実。


「10代じゃないですから、そんなことはしませんよ。
それじゃ、頑張ってくれている伊吹さんと長峰さんに失礼でしょう」


三村さんは笑いながら、ビールの缶に口をつけた。


「すみません、俺がやる仕事だったのに、長峰さんにプレッシャーかけちゃって」

「そんな」

「見本の組み立てに、2日間かけるなんてありえないなと思っていましたからね。
何か色々とされたんですか、意地の悪いこと」


言わないようにしようと思っているのに、この人に聞かれると、

黙っていられなくなってしまう。

子供が泣きながら悔しい思いを語るように、

私は、猪田さんが難しい人だということを、結局話してしまった。




【28-1】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【猪田剛士】
『花嶋建設』の現場責任者。思った通りの人事にならなかったことで、
取引先の社員や、下請けの社員に嫌みばかりをぶつけている。
それとは逆に、権力者にはめっぽう弱い。

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