28 親心と娘心 【28-2】

【28-2】

『今日は体を休める』

そう約束したのだから、カーテンを閉じてもう少し寝ていようと思い、

まくらにしていたクッションを拾うために下を向くと、

三村さんが昨日、広げていたデザイン画が、テーブルの上に忘れられていた。

すぐに携帯に連絡をしようかと思ったが、運転中に慌てられても困るので、

とりあえず受話器を置くことにする。


三村さんがデザイン画を描くとき、どう作り上げていくのか、

完成に向かう工程は、それなりにわかっている。

これはまだ、簡単な下書き段階だから、それほど急ぎではないはず。


それにしても、これはどういう仕事のものだろう。

私は『ナビナス女子大』を受け持ったので、単発の仕事を今は持っていない。

しっかりした机と椅子。そう、書斎などで見かけるようなイメージのもの。

何か、新しい仕事が動いているのだろうか。


曲線も、直線も、引き出しの取っ手さえも……

何事にも囚われない、媚びない、三村さんの世界。

どうしたら、これだけ自由に思いを広げられるのだろう。


買ってもらってあった即席スープの袋を開け、ポットのお湯を入れる。

冷蔵庫を開けてみると、いくつもアイスが入っていた。


「たくさん買ってあるけど、何人住んでいると思っているのかな……
しばらく食べられそう」


今日の天気予報を聞きながら、私はスプーンでスープをかき混ぜた。





その日一日、本当におとなしく過ごした。

社会人になってから、これだけゆっくりしたことがあるだろうかと言うくらい、

何もしなかった。夕方に体温を測ると37.5度になっている。

子供の頃から、高熱が出ると、最低2日続くのが私のパターンだけれど、

1日でここまで下がった。


「うん……」


まだだるさは残るけれど、それでも……

『治したい』という気持ちが、病に勝っている証拠。


「お味噌汁、作ろうかな」


冷蔵庫の中に、なんだかんだと野菜はある。

三村さんが立ち寄ってくれたら、飲ませてあげられるように、

野菜をたくさん入れたものが、いいかもしれない。

昨日、買ってきたものでもよくわかった。

男性の一人暮らし、ボリュームのあるものが好きなのはわかるけれど、

どうしても野菜が足りない。


「えっと……」


野菜を刻み、鍋を火にかけていると、インターフォンが鳴った。

振り返り時計を見ると、午後6時少し前になっている。


「今、出ます……」


今日は早く仕事を終えてくれたのだろうか。

一日でこれだけ元気になれたこと、喜んでくれるかな。


「はい……お帰りなさい、三村さ……」


扉を開くと、立っていたのは三村さんではなく……


「知花、大丈夫なの?」


母だった。





千葉に住む母は、今日東京に住む同級生に会うため出てきたという。

そのまま帰ろうと思ったが、私の事務所が近いこともあり、

顔を見ていこうと電話をしたところ、優葉ちゃんに『高熱で休みを取った』と、

少し大げさに状況を知らされたらしい。


「電話してから来ようかと思ったのよ。
でもね、知花のことだから大丈夫だとか言いそうだし、
寝ているのを起こすのもと思ったりしてさ、
母さん、それなりに材料買い込んできたわけだけれど……」


玄関でさようならというわけにはいかず、母を部屋へ上げた。

ビニール袋と、昨日、三村さんが残した小さなビールの缶。


「お母さんが来なくても、差し入れはあったみたいね」

「うん」


何かが違うということに、気付かれたみたい。

電話かけてくれたら……片付けておけたのに。

そう思っても後の祭り。


「何、お味噌汁?」

「あ……うん。あるもので作ろうと思っただけなの。
具がたくさん入っている汁ものが飲みたいなと思って」


どうしよう。

三村さん、母がここへ来ること知っているだろうか。

今日、顔を出してくれると約束していなかったけれど、でも……


「ふーん……」


携帯、携帯……どこだっけ。


「三村さんって、あの三村さんでしょ?」


やはり、母はしっかり聞いていた。

扉を開ける時だったし、一瞬だから、聞き逃したと思っていたのに。


「……うん」


携帯を見つけ、ベッドに入る。

母に背を向けて打ち込めば……


「何よ、知花、今、三村さんとお付き合いしているの?」


母の声。

背中を向けて、コソコソとメールを打つのは、どこか違う気がしてしまう。

三村さんも私も、悪いことをしているわけではないのだから。

正々堂々と、母の顔を見よう。


「うん……お付き合いを始めた」


確かに、幹人とのことがあったけれど、

私にとって、この選択は隠しておかなければならないことだとは思わない。

三村さんは、私の人生の可能性を、広げてくれた人。


「いつから」

「この春……少し前くらい」

「そう」


そう。正式にお付き合いを始めてから、まだ少ししか経っていない。


「ねぇ、黒田さんとのお付き合いをやめた理由が三村さん……
そういういうことではないの?」


私は、それは違うのだと、しっかり首を振った。




【28-3】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【犬井久作】
『花嶋建設』から仕事をもらう下請け会社の現場監督。
猪田に対して、間違っていると思っても、声に出せない。
仕事に対しては熱心で、口数は少ない職人肌の男。

コメント、拍手、ランクポチなど、お待ちしています。(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


コメント

非公開コメント