28 親心と娘心 【28-3】

【28-3】
幹人との別れは、三村さんが問題なのではない。

そこは、一番大事な部分。


「それは絶対に違うから、大丈夫」

「そう……」


三村さんが、助けてくれたことはたくさんあったけれど、それが原因ではない。


「まぁ、そうよね。知花がやるようなことではないもの、
二人の男性と同時に付き合うなんて」


母はそういうと笑いながら、荷物を置き、台所に立ってくれた。

途中になっている材料を、全て刻みだす。


「あの三村さんかぁ……」


幹人と結婚する予定で出かけた、衣装合わせの日。

母は、こういう機会だからと、事務所に顔を出すことになった。

偶然、横断歩道の前で三村さんと小菅さんに会い、何やら楽しそうに話したっけ。


「そういえば、知花の事務所に電話をした日、彼だったわよね、心配してくれたの」


電話……


「仕事のことで、自分が強いことを言ってしまって、
知花を追い込んだかもしれないって。それで私、慌てて和歌山に行って……」


そうだった。

幹人に対して、自分の思いをどうしてもうまく出せなくて、和歌山へ逃げた日。

あの日、母にSOSを出してくれたのも、三村さんだった。


「確か……ご実家がお商売をしているとか、聞いた気がするけれど、
どういう内容のものなの?」



『折原製薬』



「長男さん? ご実家は継ぐの?」

「どうしたのよお母さん、急に」

「急? まぁ、そうだけれど、お付き合いを聞いたのだもの、気になるでしょう。
娘のお相手が、どういうご家庭の人なのかって、おかしい? 高校生じゃないのだから、
まさか思い出作りですとは言わないでしょう。これから始まるのだとしたら、
結婚ってこともあると、親としては思うのよ」



『結婚』



いや、おかしくはない。実際、幹人とは結婚する寸前まで行ったのだから。

これからお付き合いする人と、何も考えないということはありえない。

母親としてはごく当然のことだろう。

今、話すべきなのかどうか迷ったけれど、でも、ウソをつくことは出来ない気がした。


「『折原製薬』知っているでしょ」

「『折原製薬』? あの『折原製薬』でいいの?
それならもちろん知っているけれど……」

「そう。『折原製薬』にはグループ企業がいくつかあって、
そのひとつの社長さんが、三村さんのお父さん」

「は?」


母は、包丁を持ったまま驚きの顔をこちらに向けた。


「何? どういうこと? 『折原製薬』ってだって、三村さんでしょう」

「三村さんって言うのは、本名ではないの。三村さんの本名は折原紘生って言うの」

「折原? 何よそれ、どういうこと? 三村は? 三村はどこから来たのよ」

「あぁ、もう。説明するから焦らせないでよ」


私は、三村さんがどういう経緯で『DOデザイン』に入社したのか、

なぜ、三村という名字を名乗るのか、それを自分が知る限りの情報で丁寧に話をした。

母は、大根やネギを刻みながら、『うん、うん』と返事をしてくれる。


「もう何年も、家に戻っていないんだって」

「まぁ、何年も? 将来を反対されたとはいえ、それは寂しいことね」

「うん」


そう、今こうして母の後姿を見ていると、

三村さんが自分を通すために犠牲としてきたものが、とても大きく感じられた。

何をするにも一人で、全てを決めて生きているのかと思うと、

寂しさを通り越して、悲しさばかりが押し寄せてくる。

三村さんには、戻る場所も、頼る人もいない……


「うーん……」


母は、どう思うのだろう。

与えられた情報は、限られているし。まだ、本人のことも、それほど知らない。


「知花が好きになる人だから、お母さん、三村さんっていい人だとは思うわよ」

「うん」

「電話のこともあるし、まぁ、立ち話程度しかしていないけれど、
印象は悪くなかったし……」

「うん……」

「でも……親としては、少し心配な相手ね」


母はそういうと、鍋に蓋をし、火を少し小さくする。

ビニール袋から出したものを、冷蔵庫に入れ始めた。

『心配される理由』、聞かなくてもなんとなくわかる。


「知花もわかっているだろうけれど、うちはこんな家だから、
私もお父さんも、二人の生き方を温かく見守ることが出来るけれど、向こうはね……」


入院したという、三村さんのお母さん。

あれからどうなっているのか、何も情報はない。


「反対している職業についている知花のこと、いくら疎遠になった息子とは言え、
認めてくれるかしら……」


三村さんのお母さんは、実際、紗枝さんとの結婚を望んでいる。

それは自分でもわかっているけれど、母にあらためて言われてしまうと、

何も言い返せなくなった。

手に持っていた携帯電話が揺れ、メールが入る。

相手は三村さんだった。




【28-4】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【犬井久作】
『花嶋建設』から仕事をもらう下請け会社の現場監督。
猪田に対して、間違っていると思っても、声に出せない。
仕事に対しては熱心で、口数は少ない職人肌の男。

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テーマ : 恋愛小説
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育てた怪獣2匹は、すっかりかわいさを無くしたため、今や『犬愛』に目覚めたお気楽主婦です。日々のちょっとしたこと、趣味で取り組んでいる『創作』を、このブログに書いていきたいと思っています。
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