29 気まずい時間 【29-1】

29 気まずい時間

【29-1】

新しく入社する道場さんに、それぞれが挨拶をした。

私の時に動いた口……

何か言いたそうなところもあったけれど、挨拶、おかしかっただろうか。

最後にと三村さんが立ち上がった。


「三村紘生です。どんなやつなのかは、見ながら理解してください。
デザイナーとして就職しましたが、なんでもしてます」


道場さんは、三村さんの挨拶に少し微笑むと、あらためて頭を下げ、自分の席に戻った。



私の挨拶の時に見せた表情……

あの反応は、なんだろう。





「あはは……そうなんですか」


私は、『ナビナス女子大』の書類をチェックした後、

『NORITA』に納めている、ジュエリーボックスの新デザインに取り組みことにする。

前回は……


「私の作品が『塊』? うわぁ……もう、言いますね、三村さん。
でも確かに私もそう思います」


前回は、側面のデザインに凝ったけれど、もう少し引き出しの幅を小さくして、

段数を増やすのはどうだろうか。


「あ、そうです。『エアリアルリゾート』、私、この春に泊まりに行きました」

「泊まったの?」

「はい、デザインをゆっくり見てみたくて。本当に素敵なデザインでした」


段数……


「『林田家具』でも、話題になったんですよ」

「『林田家具』で? そんなことないですよ、あんな大手で、
うちのような小さな企業の仕事が話題にならないでしょう。
道場さん、適当なことを言っているのだろうな」


段数は、今の段数は……


「いえいえ適当だなんて言ってません。本当に話題になりました。
他の部署には言えませんでしたけれど、デザイン室では、
こういう自由な発想が出来たらって……」

「自由ねぇ、まぁ、確かに」


段数……あぁ、もう何段だっけ。

道場さんと三村さんの会話だけが、頭に残ってしまう。


「えっと……」

「何か」


4だから、一つ増やして5にすればいいわけ?


「あの……すみません、私、実はタバコを吸うんですよね。
確か、この事務所って禁煙だとうかがったような……」

「あぁ……はい」


道場さん、タバコは屋上で吸うのです。

上に会社名のある缶が置いてあるので、それを灰皿代わりにします。

ただ、そう教えてあげればいいのですよ、三村さん。


「屋上、わかります?」

「あ、それはわかりますけど」


三村さん、何を言っているの? 屋上をわからない人などいないでしょう。

細かく教えてあげるふりをして、今ならそれを理由にして、

堂々と吸いに行けると、そう思っているな。絶対に……

ほら、三村さん、タバコを手に持った。


「行きますか?」

「はい」


何やら楽しそうに、二人がタバコの話しをしながら通り過ぎていく。

そんなに大きな声で話していたわけではないけれど、

出て行った途端、なんだか事務所が静かになった。

そういえば、目の前にある紙、私、何をしようとしたんだっけ。


「はぁ……」



私も、タバコ吸えたらよかったのにな。



「知花ちゃん」

「はい」

「これ、頼むね」

「あぁ、はい」


小菅さんから、『NORITA』への依頼書を預かった。

次回行くときに、部長に渡さないと。



恋人と職場が一緒というのは、結構いいことよりも悪いことの方が多いかもしれない。

こういう経験は、人生初。

幹人が仕事をするところなど、見たこともなかったから、

その時間は全く別の時間と、割り切ることが出来たけれど、

三村さんは、いつも目の前にいて、笑い声も、立ち上がる姿も、

自然と目に入ってしまう。


誰が話しかけて、その人と話すときにどんなふうに笑うのか、

見たくなくても見えてしまって、どこか落ち着かなくなる。


道場逸美さんは、隣になったから、話をしているだけで、

そんなに深く考えているわけではないのに……

こんなことで気持ちが乱れるのは、どちらにも失礼だけれど……



どこか落ち着かない。



私って、こんなに独占欲が強かったのだろうか。

自分の心の狭さが、なんだか嫌になった。




【29-2】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【道場逸美】
『林田家具』時代、『インテリアラウンド』という賞を獲得した。
しかし、会社の評価が低く、思った仕事が出来ないため、
『DOデザイン』に中途採用される。

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