29 気まずい時間 【29-2】

【29-2】

『今やるべきこと』

私は一度立ち上がり、大きく背伸びをする。

仕事、仕事……


「えっと、電話なんだけどな。三村君は上?」

「あ、はい」

「『エバハウス』ってところなんだけど」


『エバハウス』

注文住宅を手がける、結構有名な企業。


「屋上に行きましたよ、タバコを吸いに」

「あらまぁ。それなら折り返しって言った方がいいわね」


塩野さんは、三村さんが今席を外していると説明し、相手の電話番号を聞いていた。

『エバハウス』という規模を考えると、出来たら早めに折り返したほうが、

印象は悪くならない気がするけれど。


「はい、それでは失礼します」


塩野さんが受話器を置く音がして、また事務所が静かになった。


「何、三村にって」


私たちを束ねる立場の伊吹さんの立場からすれば、

『エバハウス』の電話に興味を持つのは当然だろう。


「はい。以前こちらで仕事をした萩尾さんが、どうも三村君を推薦してくれたらしくて。
それで、一度来てくれないかと」



『萩尾さん……』



幹人と私の結婚を崩した原因のひとつ。

でも、仕事の面では……


「へぇ……推薦か。それは早く折り返したほうがいいな。呼んで来るか」

「あ、私行きます」


萩尾さんの推薦で、わざわざ向こうが連絡をくれたのなら、

確かにすぐに折り返したほうがいい。私は、三村さんを呼ぶ役を引き受け、

事務所を出ると、エレベーターを待った。



萩尾さん。三村さんのことを、評価してくれていた。

いわくつきの仕事だったけれど、こうしてまた別の動きにつながってくれて、

なんだか嬉しくなる。

エレベーターに乗り込み、屋上へ向かうと、

三村さんと道場さんが揃ってフェンスに手を置き、何やら話していた。


「へぇ……その夢、素敵ですね」


タバコを吸っているときは、きっとリラックスをしているときなのだろう。

声、かけにくい……けど、かけないと。

私は、少し早歩きしながら、二人に近付く。


「三村さん!」

「……はい?」

「今、『エバハウス』から電話がありました」

「『エバハウス』? 俺ですか?」

「はい。建築士の萩尾さんが紹介してくれたようで、
三村さんって名前を出してくれました」

「萩尾さん?」

「はい」


三村さんもきっと喜んでくれるだろう。一つの仕事が、また別の仕事を生み出していく。

それはデザイナーにとって、とっても嬉しいことだから。


「……すごい、名出しですか」


道場さんは、一度吸い込んだタバコを、缶の灰皿に押し付けた。

水に触れて、音がする。


「『エバハウス』って、注文住宅の大手ですよね。うわぁ……」

「あのデザインを気に入ったのなら、俺じゃなくて、長峰さんでしょう」

「……いえ、私は」


確かに、萩尾さんの仕事、デザインを担当したのは私だけれど、

それから色々と細かい直しをしているのは、三村さんだ。

萩尾さんだって、三村さんの仕事振りを褒めていた。

ここで私が出て行くのはおかしい。


「だって、あのデザインの元は長峰さんなのだから……」

「そういうことではなくて」

「どういうことですか」


私は、以前、萩尾さんと再会したときに、三村さんの仕事振りをとても褒めていたこと、

そういう理由から、『エバハウス』が電話をくれたと思うことを、必死に訴えた。


「三村さん」

「はい」

「余計な口出しかもしれませんが、とりあえず早く連絡をした方がいいですよ。
向こうは三村さんの名前を出したのですし」


そう、名前が出たのは三村さん。私ではない。


「それに、『エバハウス』なら、どう転んでもいい仕事になります」


さすがに大手にいて、デザインにも自信がある道場さん。

すぐに色々な計算が出来るのだろう。


「まぁ、そうかもしれませんけど」


三村さんの顔が、私の方を見た。

『何か言え』って顔に書いてあるけれど、言うことがない。


「あの……」

「何?」

「私、まだここに入ったばかりで、何も仕事がないので、
よかったら一緒についていっていいですか?」


道場さんは、三村さんが呼ばれるだろう『エバハウス』の仕事に、

同行したいと言い始めた。三村さんは、また私の顔を見る。


「長峰さんは……」

「私は……」


注文住宅の大手、『エバハウス』の仕事。

萩尾さんが実力を認めて、流れてきた仕事。

『インテリラウンド』の賞を取った道場さんが、自分もやりたいと名乗り出た仕事。



私は……



「あ、私は無理です。『ナビナス女子大』の仕事もまだありますし」


三村さんの表情が、すぐに変わった。




【29-3】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【道場逸美】
『林田家具』時代、『インテリアラウンド』という賞を獲得した。
しかし、会社の評価が低く、思った仕事が出来ないため、
『DOデザイン』に中途採用される。

コメント、拍手、ランクポチなど、お待ちしています。(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


コメント

非公開コメント