29 気まずい時間 【29-5】

【29-5】

個人的には、『林田家具』で、どんな仕事の仕方をしていたのか、

気になるところだけれど、そんなこと唐突に聞いてもいいだろうか。

でも、好きな色や食べ物を聞くのも、おかしいはず。


「長峰さんは、何年目ですか」

「私? 一応7年目です」

「7年目ですか」

「ただ『ここにいます』ということだけで、何もないんだけど」

「いえいえ」


互いに水の入ったコップを持つ。

この後、どう話していけばいいのか、わからない。

なんだろう。

もう少しこう、話が広がってもいいだろうに。

キャッチボールは、どこに飛ばしたのかわからないくらいになってしまった。



道場さん、三村さんと屋上にいた時には、楽しそうに笑っていたけれど、

私って、話しづらいタイプなんだろうか。

いや、めげてはいられない。逃げずに話し続けてみよう。



「私ね、道場さんに色々と聞いてみたいなと思っていたの。
『アトリエール』の賞で、お名前知っていたでしょ。
どんなふうにあのアイデアを出したのかとか、あと……」


『林田家具』には、デザイナーがたくさんいると、幹人から聞いたことがある。

どんなふうに仕事をして、競っているのだろうか。


「競い方ですか。そうですね、『林田家具』では一人が受け持つということはなくて、
数名で同じ設定のデザインを仕上げて、上司が採用する形です。
それなので、上司に受け取ってもらえないとなると、
フォローしかさせてもらえないので、仕事にならないところはありますね」

「同じ仕事を数名で……」

「はい。しかも見るのは上司だけです」


社内で常に競わされる。

確かに、私のようなスロースターターだと、あっという間に走り抜けられて、

ただ、立ち尽くしてしまうかもしれない。


「だとすると……」


道場さんの表情、あまり明るくないような……

いきなりなのに、あれこれ聞きすぎだろうか。


「ごめんなさい。なんだか、初めてお会いしたという気がしなくて。
今日来たばかりなのに、色々と質問しすぎよね」


言い方がおかしいかもしれないけれど、名前は知っていたから、

どこか知っているような、そんな気になっていた。

私は落ち着こうと、お冷に軽く口をつけるつもりだった。

それでも、もっと水が欲しくなり、結局飲み干してしまう。


「あの……」

「はい」

「実は私、長峰さんと初めてお会いしたわけではないです」


予想外のセリフに、私は思わず『エッ』と声をあげていた。


「あれ? どこで?」

「すみません、正式に言えば、お見かけしただけですけれど」

「見かけた? 私を?」

「はい」


私を見かけたとは、どういうことだろう。

私は『林田家具』に出入りしたことはないし、正直、道場さんの顔に見覚えもなかった。


「あの……」

「はい」

「営業部と合同で行った飲み会の帰り、
長峰さんが黒田さんと二人で待ち合わせて帰られるのを……」



『営業部』、『黒田さん』……

幹人のことだ。



「私の同期が、数名営業部に入ったこともあって、
合同で飲み会をしたことがありました。
黒田さんから、お写真を見せてもらったこともあって……」


道場さんは、営業部との合同飲み会で、幹人と一緒になり、

その席で『恋人』の写真を見せてもらったとそう言った。


「もうすぐ『結婚』するんだって、黒田さん嬉しそうに写真を見せてくれたんです。
いつも、冷静で物静かな黒田さんが、お酒が入っていたからかもしれませんが、
その日はとっても明るくて」


幹人がそんなことをするなんて、確かに想像がつかない。


「『DOデザイン』に来た日、席を移動してくれた長峰さんのこと、
どこかで見た気がしてたのですが、でも、どこだったか思い出せなくて。
でも、今日の挨拶でわかりました」



『もうすぐ『結婚』するんだって……』



「知花って……黒田さんが言っていたので」



『知花……』



過去のこと。

でも、私の歩んできた道。幹人とのことは消し去ることも出来ないし、

なかったことにもならない。


「そう……あれだけ大きな会社なのに、面識があるのね」


幹人のことなど知らないと、言うのはおかしいだろう。

それでは、彼がかわいそうだ。


「はい。黒田さんは素敵な方だって、同期の女の子がよく言っていたので、
社員食堂などでもよくお見かけして、覚えているんです。でも、ご結婚されると……」


幹人が、同僚との飲み会で、私の写真を見せていたなんて、聞いたこともなかった。

プライベートなことを仕事場に持ち込むことを嫌っていたし、

その逆も嫌っていたはず。


「すみません、立ち入ったことを話してしまって。
でも、初めてお会いしましたと平然とウソを言うのも、私……なんだか……」

「ううん、いいの。それは事実だから」


そう、結婚しようとしていたのは事実。

終わってしまったことだけれど。


「色々と話している中で、価値観とかがずれてしまって。
結局、そうはならなかったのだけれど……」


あれこれあったことを、ここで具体的に語る必要はないはず。


「……そうだったんですか」


道場さんに悪気はないのだろう。

でも、このまま笑ってごまかすしか出来ない。

動くかなと思った話題が、また急ブレーキをかけてしまった。




【29-6】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【道場逸美】
『林田家具』時代、『インテリアラウンド』という賞を獲得した。
しかし、会社の評価が低く、思った仕事が出来ないため、
『DOデザイン』に中途採用される。

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