31 深い呼吸 【31-1】

31 深い呼吸

【31-1】

今度こそと言う強い気持ちで、『NORITA』に向かったが、

また、OKが出ないまま、店の前で別れの挨拶をすることになってしまった。

この後1週間後にGOサインが出ないと、制作時期を逃してしまう。


「では、またあらためて」

「悪いけど、頼むね」


私は頭を下げて、駅までの道を歩く。

今週は、『ナビナス女子大』の打ち合わせもあったため、ほぼ仕事づけの1週間だった。

それなのにダメだしされては、かけてきたすべての時間が、無駄に思えてくる。


「あぁ、もう、どうしてなのよ」


アイデアに詰まったとき、気分転換をしてみると、

急に別のアイデアが浮かぶことがある。

そういえば、萩尾さんのデザインに詰まったとき、

三村さんがドライブに連れ出してくれた。

オリジナルのオルゴールを作るお店で、私も小さなオルゴールを買ってきた。



『Over The Rainbow』



事務所に戻り、机から箱を取り出すと、そのまま屋上へ向かう。

ここなら誰に迷惑をかけることなく、あの音を聞けるはず。



扉を開け前を見ると、いつものベンチに座り、うなだれた状態の三村さんがいた。





何かあったのだろうか……

『エバハウス』の仕事も、うまくいくかもしれないし、

三村さんが抱えている仕事が、詰まっているという話は聞いていない。



……タバコ、今日も持っていないけど。



「何しているんだ、長峰」

「あ……」


私より遅れてエレベーターに乗ってきたのは、伊吹さんだった。

私は前にも後ろにも進めなくなる。


「なんだそれ」

「あ……あの、これは」

「オルゴールか」


伊吹さんは、私の手から箱を取ると、そのまままっすぐに歩き出してしまった。

どうしよう。


「あれ? この歌、なんだっけな」


このまま黙って降りてしまおうか。オルゴールなら、あとから返してもらえば。


「なぁ、長峰。これなんだっけ」


私の名前が出たことで、三村さんがこちらに振り返った。

でも、顔があった瞬間に、スッとそらされて……

あの日、ケンカしてから、なんとなく互いに避けている。


「『Over The Rainbow』です。オズの魔法使いで流れる」

「おぉ、そうだ……」


伊吹さんはオルゴールを鳴らし、それをベンチに置いた。

私は少し離れた場所に立ち、その音を聞く。

気分転換だと思い、オルゴールを持ってきたのに、

三村さんの前で、鳴らすつもりではなかったのに。


「ん? あれ、ライター忘れたぞ。なんだおい、なぁ三村、火貸してくれ」


伊吹さんは口にタバコをくわえると、三村さんにライターのジェスチャーを見せる。


「すみません、俺、持ってきてません」

「持ってきていない? なんだお前、まだタバコやめてるのか」



……タバコ、やめている?



「何、仕事で吸わないようにしているのか? どうしたんだよ急に……」


三村さん、タバコやめたのだろうか。


「本当にないのか……」


三村さんは伊吹さんの問いに、軽く頷く。


「そっか、しょうがないな、取りに戻るか」


伊吹さんは口にくわえたタバコを指に挟み、

『Over The Rainbow』をハミングしながら、エレベーターの方へ戻った。

そのつもりではなかったのに、私と三村さんだけが残される。

三村さん、タバコを吸わないのに、何をしにここへ来ているのだろう。


オルゴールを鳴らし続けているのもおかしいので、スイッチを切る。

そうなると、屋上で聞こえる音は、どこかの工事現場の音くらいしかない。



あと数分したら、伊吹さんがここに戻ってくる。

聞くなら、今しかない。



「タバコ……辞めたのですか?」


『WOLFのメンソール』

三村さんがタバコをやめる理由、どこかにあるだろうか。


「別に……」


問いの答えになっていない。

今、君と話したくないオーラが、ものすごくこちらに向かってきた。


「別にって……」


あの日、私が『自分一人で頑張りたい』と宣言したことは、

それほど問題があったのか。


「まだ、あの日のことを、怒っているんですか」

「怒る? 何をですか」


何をって……

相変わらず、嫌みっぽい言葉を、さらりと言ってのける。


「その態度が怒っているでしょう。私が、三村さんのアドバイスのこと……」

「別に怒ってはいませんよ。元々、愛想のいい方ではないですから」

「三村さん」

「ここでオルゴールを聴こうと思っていたのなら、どうぞ。
俺、邪魔でしょうから、降りますよ」


三村さんはベンチから立ち上がると、私の横を通り過ぎた。




【31-2】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

≪Dressing 豆知識≫
『虹の彼方に』(Over The Rainbow)は、
1939年のミュージカル映画『オズの魔法使い』の劇中歌。
その年の『アカデミー歌曲賞』を受賞している。

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