31 深い呼吸 【31-3】

【31-3】

アドバイスはいらないと言ったけれど、ここは機嫌を直してもらって、

なんとか……


「なんですか、これ」

「あの……」

「逃げですか」

「逃げ?」

「そうですよ、これは長峰さんの仕事でしょう。アイデアに詰まったから、
何か教えてくださいっていうのなら、俺、全部やりますけど」


三村さんの隣に座っていた道場さんが、

何をしに来たのだろうと、デザインを覗き込む。


「三村さん、そうではなくて……」

「へぇ……ジュエリーボックスですか」

「そう……」



『最後』



気になる言葉があるのだから、互いに意地を張っている場合ではない気がするから、

だから、落ち着いて話がしたい。

わだかまりの原因を、とりあえず取り除いて……


「ちょっと見せてもらっても……」


道場さんがデザイン画に手を伸ばそうとすると、

三村さんがすべての紙をまとめて、袋に入れてしまった。


「三村さん」

「道場さんが見るような、価値のあるものではないですよ」


三村さんは、『見る価値のないもの』が入った袋を、私に押し返してくる。


「三村さん……」

「長峰さん。あなたも『プロ』のデザイナーなのでしょう。
『NORITA』が、あなたのデザインを採用して、次のチャンスを得たわけでしょう」

「それはわかっています。でも……」

「俺は、何でも一人でこなすことで、一人前になっているとは思いません。
人には、得意なものとあまり得意ではないものが必ずありますから。
それに、他人の目を入れたほうが、より多面的にデザインを捉えることが出来ますし」


一人前……


「多面的……ですか?」


三村さんの言葉を聞いていた道場さんは、疑問符を挟んできた。

一人でやることが当たり前だと言っていた彼女にとっては、気になる言葉だろう。


「はい。『林田家具』ではそれぞれが独立して、自分のプライドを持つのでしょうけれど、
うちは全員合わせて、これだけですから。互いの不足部分は互いに補った方が、
トータルで結果を出せると思っています。ですから、プラス思考で応援を頼むのなら、
俺はいくらでも考えますし、協力もしますけれど、今のあなたは違う。
どうでもいいバリアを貼ったかと思えば、急に丸投げしようとしてきて」


『丸投げ』だなんて……


「とことん悩んで、それでもという顔じゃないですよ」


三村さんは立ち上がり、そのまま事務所を出て行ってしまった。





『丸投げ』

私が、意地を張っていることを怒っているのだと思い、

前のようにアドバイスをもらおうと考えたけれど、

確かにこれではそう言われても、言い返せない。



『最後まで自分の力でやる』と宣言した。

投げ出さないでくれと、あの日もそう言われたのに。



『最後』という言葉の意味を聞きだしたくて、

仕事をやり遂げることを、忘れてしまっていた。

手抜きが大嫌いな人なのに……


「よし……」


出来ないのではなくて、やらなくてはいけない。

自分が絶対にこうだと思うのであれば、相手を納得させなければならない。

それが私の選んだ仕事。

『未熟者』なのだと、一歩引いている場合じゃない。





その日、19時になっても、三村さんは事務所に戻ってこなかった。

一人ずつ事務所から社員が出て行き、気付くと私一人になっていた。


なんとしても頑張って、『NORITA』に認めてもらおう。

その後、やり遂げた顔で三村さんと話をしなければ、何を言っても跳ね返される。


「ふぅ……」


100%、互いに満足いく状態にはならないだろうけれど、

出来る限り、思いに近付きたい。




あなたに近付きたい……




「出来た……」


これで、もう一度勝負しようというデザイン画が出来上がったのは、

それからさらに2時間後だった。





『NORITA』の部長と、こうして顔を突き合せるのは、何度目だろう。

これで頷いてもらわないと、何もかも水の泡。


「うーん……」

「ご指摘をされた部分について、出来る限りのアイデアは出しました。
でも、この部分については、譲れません」

「譲れない?」

「はい。ジュエリーボックスも引き出しですから、引き出しやすいことは当たり前で、
『自分だけのもの』という特別感をいかに出すのか、それにこだわりました」


そう、私はこだわった。

『大切な人』からもらった、『大切なもの』をしまっておく場所。

どこにでもあるような、誰でも持っているような、そういうものではなくて、

見た目は大きく変わらなくても、ちょっとした贅沢や遊びが加わったことで、

『自分だけ』を確認できるはず。


「この作品から、『こだわり』を捨ててしまっては、何もならないですから」

「こだわり……ですか」

「はい。私は……」



『俺が自信満々に見えるのは、
いつも、『これで最後』だと……そう思うからでしょう』



これを認めてもらえないのなら、もう、この仕事は無理。

また考え直すことなど出来ないくらい、とことん考えたのだから。


「これ以上のデザインは……」



これ以上は……



「これ以上のデザインはありません。私は絶対の自信を持っています」



『NORITA』の部長を前にして、人生初の言葉を、言ってしまった。




【31-4】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

≪Dressing 豆知識≫
『虹の彼方に』(Over The Rainbow)は、
1939年のミュージカル映画『オズの魔法使い』の劇中歌。
その年の『アカデミー歌曲賞』を受賞している。

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