31 深い呼吸 【31-5】

【31-5】

真剣な話しをしているはずなのに、どうして笑うのだろう。


「笑うほど、おかしなことがありましたか?」

「いえ、すみません。道場さんが入って、席が変わったじゃないですか。
今までは横だったので、表情が逆に見えませんでしたけど、
今は、斜め前だから、悩んでいる顔が俺の目に入ってくるわけですよ」


そう言われてみたら、そうかもしれない。

横にいるよりも、前にいる方が、表情は見やすい。

三村さんと気まずくて、そういえばここのところ、下ばかり向いていた。


「長峰さんの苦しそうな顔を見るたびに、苦しいなら、何か言って来い! って、
叫びたくなる自分が嫌で、俺も自分を追い込もうと……」

「三村さんが?」

「そうですよ。俺はあなたが辛そうな顔をしているのが嫌いなので、
あなたの思いには応えますと約束したけれど、今回は応えたらダメなわけでしょ」

「ダメというか……」


三村さんがダメなのではない。

ダメなのは、自信の持てない私。


「だから自分が好きなものを1、2と我慢することに決めました。
それでしばらく、タバコ吸わなかったんです」


三村さんがタバコを吸わなかったのは、もしかして……


「俗に言う、『願かけ』ってやつですね。長峰さんの仕事がOKになるまで、
我慢しようと……」


私の仕事が原因だった。


「でも、私の仕事がNGだったら、どうするつもりだったんですか」

「NG?」

「そうですよ。選ぶのは『NORITA』です」

「NGになるわけないでしょう。俺はあなたの実力を、認めて入社した男ですよ。
信じてましたから」


好きなものを我慢して、願い事をするなんて、子供みたいだけれど、

体の具合が悪いわけではないことがわかって……

私のためにしてくれていたことだとわかって……



嬉しくなる。



「それなら辞めたわけじゃないって、言えばよかったのに」

「そんなことを言ったら、神様にかなえてもらえませんからね」



神様?



三村さんって、私より年齢上だったはずだけれど。


「本気で言っているんですか?」

「本気ですよ。見えないけれど、この世に神はいるのです」


三村さんのタバコの煙、『WOLFメンソ-ル』の香りが、

時々私の鼻をくすぐっていく。


「一番そういうことを信じない人だと思っていましたけど」


信じるのは自分だけ……

そう突っぱねそうな気がしていたけれど、なんだかおかしくなる。


「それならば、三村さんの2番はなんだったのですか?
終わったのだから教えてくれるでしょ」

「2番? あぁ、だから2番がタバコでしょう」

「2番がタバコ? それなら1番は何ですか?」


三村さんが一番好きなもの、タバコではないとなると……



なんだろう、コーヒーなんてそれほど好きそうでもないし……



「ほぉ……1番をここで聞きますか。結構とぼけますね、長峰さん」


そう言った三村さんの腕が、私の腕をつかみ、私は……



三村さんに抱きしめられた。


「あの……」

「少女漫画の相手役じゃないんですから、俺、いい年になって、叫びませんよ」


抱きしめてくれた手の力が、さらに強くなって……



どんどん、自分の思いが、好き勝手に大きくなっていく。

三村さんが1番と思ってくれていたのは、私のこと。



そう、うぬぼれてもいいのだろうか。



「長峰さん」

「はい」

「私のデザインで間違いないって、そう言ってきましたか?」

「はい」

「任せてくれと、そう言いましたか」

「……絶対になんて、柄にもないことを言ってきました」

「よし……それでいい」


互いに譲れないものがあって、ケンカもするけれど、

この人の中には、私以上の私がいる。

『2番』の香りがするキスが、唇を通して『1番』になれた私に届く。



助けてもらわないはずだったのに……



結局、あなたにまた……



腕を引っ張ってもらった気がする。



この手を離したくないし、離れたくない。

なんだろう、仕事も動き出したし、三村さんとも元に戻れたからなのか、

ほっとした気持ちが心の中に充満していく。


あぁ、もうこのまま……仕事を終えて、帰りたい。

そんなことさえ思えてしまう。


「今日、一緒に帰りませんか」

「いいですよ、美味いもの、食べに行きますか?」

「ううん……私が作ります」


誰にも遠慮しなくていい場所で、1秒でも長く一緒にいたい。

三村さんは乾杯のお酒を買って帰りましょうと、そう言って笑ってくれた。




【31-6】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

≪Dressing 豆知識≫
『虹の彼方に』(Over The Rainbow)は、
1939年のミュージカル映画『オズの魔法使い』の劇中歌。
その年の『アカデミー歌曲賞』を受賞している。

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