32 ステップアップ 【32-6】

【32-6】

『ベネデッタ』


すべての座席にお客様が入っても、20名くらいだろう。

華美な装飾がないぶん、見た目が落ち着いていて雰囲気もいい。

シェフのおすすめを二人で注文し、とりあえずワイングラスを軽く合わせてみる。

私は、あの会議の後、道場さんに屋上へ呼び出され、

色々と言われたことを、三村さんに隠さず告げた。


「デザイナーのやることではない……か」

「そうです。私の意見で、道場さんのプライドを傷つけてしまって」


『インテリアラウンド』の賞を取り、自分に自信を持ったまま、

『DOデザイン』に入社した。それを私ごときが、意見すること自体、

よく考えたら失敗。


「いいんですよそれで。俺はそうしたかったから」

「そうしたかったって……どういうことですか」


私が、道場さんにガンガン言われたらそれでいいと言うことだろうか。


「長峰さん、道場さんに足りないものってなんだと思います?」

「足りないもの?」

「そうです、足りないもの」


私には足りないものがたくさんあるけれど、道場さんに足りないものがあるだろうか。


「足りないもの……」


いきなり言われても。


「何もないと思います?」


道場さんのプライベートを知っているわけではないし、

少しだけ関わりを持っているだけで、言える事など……



など……



でも、あえて言うのなら……



「何も感じません?」

「いえ……その……」


こんなこと、言っていいのだろうか。


「少しだけ……あの、ほんの少しだけ……」


『COLOR』のランチでも、何度も思ったこと。

優葉ちゃんが、歯ぎしりするような場面が何度もあった。



「人の気持ちに鈍い……というか……」



言葉で相手に思いを伝えるのは、簡単なようで難しい。

言い方やタイミングによっては、思い通りにならないことだってある。


「いや、いいえ、いいです。私……」

「その通りです。道場さん、人の思いに鈍いんですよ」


三村さんは、どちらかというと、自分もそのタイプなので、

互いに気付けないところが多いのだと、そうフォローした。


「俺も、彼女も、デザインには自信を持つタイプです。
だから、あなたの考えていることよりも、自分の方が正しいと、
押し込む力はあります。どういうものにしようかと迷うくらいなら、
こちらの言うことを聞いておいたほうがいいですよ……とね」


確かに、実績があるのだから、自信を持つことが出来るだろう。


「ストレートに話をしていたことが、どうも通じていないとなったとき、
それをどう処理していいのか迷うんですよ。
だから、みなさんにお願いしました。ほら、前に言いましたよね、
道場さんが賞を取った『ウッドライフ』。あれは俺には『塊』にしか見えなくて。
彼女に別の感性を持った同僚がいたら、きっと、違ってくるって……」

「あぁ……」


そういえば、そういうことを言ったことがあった。

具体的にはわからなかったけれど、なんとなく頷けたっけ。


「道場さんにとっても、俺にとっても、長峰さんはそういう人なんですよ。
まさか『フラット』で来るとはって、正直、驚かされましたから」


三村さんはそういうと、あの発言のおかげで、また別のアイデアが頭に浮かんだと、

楽しそうに語った。


「なんとなくクライアントとズレを感じていたけれど、それが埋まりそうな気がします。
そう、今頃、道場さんも全く違ったアイデアが出ている頃だと思いますよ。
次に話し合いをするのが、楽しみになりました」


私たちの前に、最初の品が運ばれた。

スプーンを手に取ったが、そこで止まる。


「そうしたかったって、今、三村さん言いましたよね」

「はい」

「……ということは、私、三村さんに乗せられて、意見を言っていたってことですか」


引き立て役というか……


「乗せられた? いや、そこまで計算どおりに出来ませんよ」

「でも、こうなることは、予想してたのでしょ」

「ん?」


三村さんのとぼけた顔が目の前にある。

始めから、道場さんが怒るような意見を、私が言うと思っていたのだろう。

こっちはおかげで、屋上まで呼び出されたのに。


「ひどくないですか。私、怒られたんですよ。
『デザイナーの仕事じゃない』って言われて。バカにしているのかって……あぁ、もう」


夕暮れに一人、寂しい思いになったのに……

ほんのり、涙まで浮かんできたのに。


「それは申し訳ないと思いますけれど、でも仕事ってそれが大事なんですよ」

「大事?」

「はい。本当の仲間になるためには、遠慮して何も言わないのではなくて、
互いの思いをしっかり出し合っていく。そこでぶつかっても、
本気で応えているセリフなら、険悪なムードは長引いたりしません」

「本気に……ですか」

「そうですよ。俺と長峰さんなんて、仕事で何度ケンカしているんですか」


そうだった。

私、三村さんと何度言い合って、腹を立ててきただろう。

それでも、そのたびに、心の距離はどんどん縮まった。

相手の力や存在も認められたし、また新しい発見があった。


「そうでした……」

「でしょう。道場さんのデザインを見て、色々と考えた長峰さんにも、
得るものがあったはずです。明日はきっと、道場さんがケロッとした顔で、
挨拶してくれますから」

「……明日……そうでしょうか」

「俺、保証します」


明日、道場さんと一つ壁を乗り越えられるだろうか。

私はそう思うながら、スプーンでスープをすくい、口に含んだ。




【33-1】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

≪Dressing 豆知識≫
木材の規格は、現在、『JAS(日本農林規格)』『JIS(日本工業規格)』
『AQ(優良木質建材等認証)』の3つ。
その規格に通ると、それぞれのマークをつける。

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