34 故郷の風 【34-1】

34 故郷の風

【34-1】

三村さんは、色々と思い出すことがあるのだろうか、

それまで楽しそうに話していたのに、急に無言になってしまった。

無理に言わせる必要もない気がしたため、私は自分の左手でベンチの感触を確かめ、

その時間を知ろうとする。


三村先生が作った、このベンチ。

今まで、どれくらいの人たちに安らぎを与えてきたのだろう。

色もくすんでいるし、誰かにつけられたような傷もあちこちにあるが、

それでも、基礎の部分は、何一つ壊れていない。

『ここに腰をかけたら、休めますよ』、『あなたを支えますよ』と、

どっしり構えてくれている安心感が、ベンチに一番重要なものだとすれば、

本当に満点だと思う。


そう、あの祖父の家に残っているチェストも、

決してデザインのよさをアピールする個性的なものではない。

でも、どこにあっても、誰が使っても、自分の持ちものとして、

受け入れられるような、そんな……



三村さん……



このベンチを見て、気持ちが変わったのではないだろうか。


「そろそろ行きますか?」

「あ……もう、そんなに経ちましたか」


三村さんは、まだこの場を離れたくないのか、

取り損ねていたらまずいと言いながら、デジタルカメラの画像を、見直し始める。



でも、手はすぐに止まってしまった。



言いたいことがあるのなら、いつものようにハッキリと言えばいいのに。

少し前にバツを出してしまったから、きっと……


「三村さん」

「はい」

「どうしました? 確認……」

「あぁ、はい」


私には、三村さんが何を言いたいのか、それがわかる。

『見たい、触れたい』の言葉を、よく私にぶつけてくれたけれど、

そう、今、そういう心境になっているのは、彼自身だろう。

この『和歌山』に、三村先生の作品が、もう一つ、眠っているのだから。


「三村さん」

「はい」

「行きませんか? 迫田の家に」


そう、三村先生のチェスト。

東京に送ってもらってから見ることだって出来るけれど。


「私が……三村先生の生まれ育った和歌山の地で、
あの作品をあなたに見て欲しいのです」


山の色、強く吹く風。

そして、緑の葉がざわざわと騒ぎ出す声。


「今なら、まだ行くことが出来ます」


壁にかかる時計。

そう、交通事情は都心ほどよくないけれど、この時間ならまだ祖父の家へ行き、

古家に眠る作品を、見ることが出来る。


「事務所へ送ってもらうように、すればいいって……」

「そうですけれど、でも、すぐそこにあるのに、見ないまま帰って欲しくないです。
迫田の家の人たちは、私と同じくらい……ううん、もっともっと、
『木』を愛している人たちですから……」


私の可能性を広げてくれたのは、間違いなく隣に座るこの人だ。

今は、誰に聞かれても、そう自信を持って言える。


「同じように『木』を愛した三村先生の作品を、見たいと思うことは、
当たり前のことですし、そのために来たと言ったら、喜んでくれますよ」


そう……私が三村さんのデザインに、刺激と嫉妬、

そして恩恵をたくさん受けたように。

あの三村先生の作品が、何もかもを捨ててもと突き進んできた三村さんに、

あらたな力を与えて欲しいから。



返事がない。

三村さんが結構頑固なことはわかっているつもりだけれど……



「ありがとう……」


私は黙って首を振る。


「俺、自分から行かないと宣言したくせに。こうして先生の作品を見たら、
もう一つあることをわかっていて、黙って置いて帰ることが出来ないような気がして、
どう、切り出そうかと思っていました」

「はい」



そう、素通りなど、出来るわけがない。

私たちは、デザインの仕事が大好きなのだから。



「三村さん」

「はい」

「三村さんって、小さい頃、お菓子を買いたいなと思うと、
商品の前で黙って立っているタイプだったでしょ」

「は?」

「絶対に、絶対にそう!」


その場で地団太を踏んだり、大きな声で泣いたりせずに、

親が根負けして、カゴに入れていいというまで、じっと待つ……


「どうしてそういうことを考えるのかな」

「いいじゃないですか、私の頭の中は、私の自由ですから」


私は、ベンチに話しかけているように見える三村さんを商工会議所に残し、

携帯で伯母に電話をした。

三村さんは、見に行くことが決定してほっとしたのか、

その間も、優しい表情のまま、ベンチに触れていた。




【34-2】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【迫田賢哉・亜紀】
和歌山に住む、富雄と満江の子供、知花にとっては従兄弟になる。
賢哉は29歳。父の跡を継ぎ、林業を仕事としていて、
亜紀は25歳。歯科助手の仕事をしている。

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