34 故郷の風 【34-4】

【34-4】

私たちの願いどおり、天気は快晴だった。

普通なら熱くて仕方がない夏でも、山に入ると明らかに気温が違ってくる。

三村さんは賢哉君の、私は伯母の靴を借りた。


「ここは、これから3年後だな」

「3年後」

「あぁ、まだまだ細いし、弱い」

「はい」



樹木にも順番があり、育った場所から木を切り出していく。

おじいちゃんは、私たちにあまり深くまで入るなとアドバイスをくれた後、

車の中で居眠りをし始めた。私は三村さんと一緒に、もう少し先まで足を伸ばす。

山を吹く風に、木々たちの葉が揺らされ、音が変わる。

この中にだけ、風の流れがまた別に出来た。


「まっすぐなんだな、本当に」

「うん……すごいでしょ、力強さがあるし」

「あぁ……丸太になっている状態なら、今までも何度か見たことがあるけれど、
こうして、切り出される前の状態を間近で見るのは、初めてだ」

「うん……」


勝手に登ってみようとして、跳ね返されたり、

太い幹に、何か音がしないかと耳を当ててみたり、ここでの遊びは、無限に広がった。

誰も私を急かさないし、誰も私から夢を奪うこともなかったし……

私が、私らしく、気持ちを動かせた場所。


「長峰さんが、この山で長い時間過ごしたという理由がわかる気がする」


三村さんは、木々の間から入ってくる光りを見ながらそう言った。

私も同じ思いを感じたくて、上を見る。


「うらやましい……」

「うらやましい?」

「うん。昨日、食事をしながら、そう、お爺さんの隣に眠りながら、
そして今……」


風が通り過ぎる音が聞こえ、鳥たちが羽ばたく音が聞こえてくる。


「あなたを愛し見守る人が、見守る場所が……これだけあることが」



私を愛してくれる人たち……

そして、私が愛した場所……



「……うらやましい」



そういうと三村さんは目を閉じたまま、しばらく動きを止めていた。





『うらやましい』

三村さんは、私にそう言った。

気持ちが押しつぶされそうになったとき、思い切り泣きたくなったとき、

私には受け入れていくれる人と、場所が確かに存在した。

『人は、誰かを傷つけるか、自分を傷つけるかどちらかをしながら生きていく』と、

以前三村さんが言っていた。それはその通りだと思うけれど……


和歌山から大阪行きの特急列車。

思いがけず、迫田家へ連れて行かれ、疲れてしまったのだろう。

三村さんは電車に乗り込むと、15分もしないうちに眠ってしまった。


あの部屋に……彼はいつも一人で暮らしている。

親を裏切り、期待を踏みにじったのだから、

それは仕方がないことなのかもしれないけれど……



そう……口には出さないけれど、寂しいだろう。



一番、理解して欲しい人に、理解してもらえないということは。



『三村紘生』という名前を、当たり前にしているけれど、

本当は『折原紘生』の名前を、捨てることなど出来ないはず。



私は、近付く街並みを見ながら、ただ一人そう考えた。





和歌山から戻って3日後、私は三村さんの部屋へ向かった。

持ち帰るのは重たいと判断した三村栄吾さんの作品を、

迫田の伯母に配送してもらえるようお願いしていたのだが、

着いた荷物は2箱あり、開けてみると本当に色々なものが入っていた。


「あぁ、これ、梅酒。伯母の作った」

「うん」

「これは……野菜ね。ほうれん草とか、キュウリとか……」

「うん」

「それに梅干もあるし、あぁ、そうそう、おそばだ」

「……うん」


伯母からのメモには、『また遊びにいらっしゃい』と、その一言が書いてあった。

普通の人なら社交辞令と思うところだけれど、この伯母からだと、

本当に遊びに行かなくてはと思えるから不思議。


「申し訳ないな、チェストだけだと思っていたからさ。
これだけ送ってもらったら、運賃が足りないよ」

「そうだけれどいいと思う。伯母はそんなことであれこれ言わないし。
三村さんが、梅干も美味しいって食べたり、
ほうれん草の胡麻和えもたくさん食べていたから、それで嬉しくなったんだと思うわよ」

「いや……うん、それは本当に美味しかったし」

「そう、この梅酒、いけるから、飲んでみて」


千葉の実家にもあった梅酒。ほんのり甘くて、それでいてしつこくない。


「後で飲もう」

「うん……」


その日は、和歌山からいただいた野菜も生かし、梅酒で乾杯も出来た。

三村さんは、ノートパソコンを使う台の上に、三村先生の作品を乗せる。


「和歌山の家で見たときより、なんだか大きく見えるな」

「うん……」

「先生に監視されている気分だけど」



『うらやましい……』



理解してくれる人がいること、自分を受け入れてくれる場所があること、

和歌山の山の中で、三村さんは心からそう言っていた。


お母さんのこと、紗枝さんとのこと、

このままでいいはずがない。


嬉しそうにチェストを布で拭く三村さんを見ながら、

私は少しだけお節介をしようと、心に決めた。




【34-5】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【迫田賢哉・亜紀】
和歌山に住む、富雄と満江の子供、知花にとっては従兄弟になる。
賢哉は29歳。父の跡を継ぎ、林業を仕事としていて、
亜紀は25歳。歯科助手の仕事をしている。

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