35 冷たい壁 【35-2】

【35-2】

「『花嶋建設』でですか」

「そうです。あの『ナビナス女子大』の寮建設が、今年の上半期の賞を取るそうです。
その流れで、『花嶋建設』の中の社長賞を、もらうことに……」


仕事を終えて、二人で食事をすることにした。

軽くお酒を飲みながら話せば、少し状況も変わるかもしれない。


「へぇ……」

「簡単なパーティーがあるそうです。出席……」



『どうして俺が、そんなものに出ないとならないのですか』

そう、きっと、こう突っぱねるだろうけれど。



「いつですか」

「9月の2日だと……」

「2日か……」



三村さんの反応は、私にとって予想外だった。

ナイフとフォークを置き、携帯のスケジュール機能を開くと、

予定を書き込んでいる。


「出席、するのですか」

「……したらまずいですか」

「いえ、そうではなくて」


私は、後から聞いていないと言われないように、

どういう内容なのかと、知っていることはすべて語った。

三村さんは頷きながら聞き続け、最後まで欠席のセリフは出てこない。


「あの……」

「はい」

「そういうところに出るのは、あまり好きではないと」

「好きではないですよ。でも、今回は出ないと」

「今回……」

「はい。俺が『折原製薬』に関係する人間だとわかったことで、
急に長峰さんにも、伊吹さんにも、そして『花嶋建設』にも迷惑をかけましたから。
その穴埋めをしないと」

「穴埋めですか?」

「はい」


紗枝さんが話した『レモネード』の記事。

そう、あれがなければ、最後まで三村さんが関われただろう。


「折原だとわかってしまった以上、逃げ回ることもないでしょう」


今回は、『花嶋建設』の社内表彰であること、最初に色々と意見を交わした人たちにも、

頭を下げておきたいと、三村さんさんはそう付け足した。


「そうですよ、三村さんが逃げることはないと思います。
何も悪いことをしたわけではないですし」

「悪いこと……まぁ、そうですね」



それなら……



「それなら、いっそ、折原のご両親にも、会ってみたらどうですか?」


流れに乗って、言ったつもりだったけれど。

明らかに、空気が変わった。


「それは違います」


違う……だろうか。


「向こうの身勝手な行動に、迷惑をかけられたのは俺のほうです。
あんなふうに平気で気持ちをかき乱す方法をとるのですから、歩み寄る必要はないです」

「でも……」


三村さんは携帯を閉じると、じっと私の方を見る。


「長峰さん」

「はい」

「くれぐれも、余計なことは考えないでくださいね」

「……何も考えていませんけど」


そんなふうにじっと見ないで欲しい。また、私の弱気の虫が、姿を見せようとするから。


「俺は『折原製薬』と縁を切りました。その代わり、何も得るものもありません。
それは長峰さんにも話しましたし、あなたも頷いてくれましたよね」

「……はい」


そう、その話は何度も聞いた。

私は、大きな会社の財産など、別に欲しくはない。


「もし、余計なことをするのなら、いくらあなたでも……」


あなたとは私のこと。


「……許しませんから」


三村さんに見えない場所にある左手を、私はギュッと握り締める。


「デザート、頼みましょう」

「そうですね」


店内を歩いているウエイトレスに声をかけると、すぐに席の前に立ってくれた。

私は、メニューをあらためて広げる。

バッグに押し込んだ携帯が揺れ、何気なくメールの相手を確認した。



『古川紗枝』



決めてくれたのだろうか、時間。


「長峰さん」

「はい」


私は、三村さんに怪しまれないようにデザートを注文し、

携帯には触れないままにした。





『いくらあなたでも……許しませんから』



三村さんの言葉を思い返しながら、私は部屋に戻り携帯を開いた。

やはり、紗枝さんから日時と時間を指定される。

不安もあるが、とりあえず会ってもらえることがわかり、

ほっとした気持ちもどこかにある。

このままではいけないということを、

三村さんのお母さんもわかっているということだろう。



『ありがとうございました。必ず伺います』



3日後の、14時。


私は壁にかかるカレンダーに丸をつけようと立ち上がり、ペンを取るが、

またその蓋を閉める。

三村さんが遊びに来て、『これは何』と聞かれたら、うまくごまかす自信がない。

取り出した手帳にだけ印をつけ、その日を待つことにした。




【35-3】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【折原ひろ子】
紘生の母。一族で経営する『折原製薬』に嫁ぎ、
紘生の成長だけを楽しみに生きてきた女性。親族の輪に入るのが嫌で、
友人の娘、紗枝をかわいがり、嫁にしたいと願っている。

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