35 冷たい壁 【35-6】

【35-6】

『三村紘生は偽り』



失敗した。『三村さん』という表現は、使うべきではなかった。

お母さんにしてみたら、『三村紘生』など、存在しないと言うのは当たり前のこと。

どうしてそんな簡単なことが、わからなかったのだろう。

今日になるまで、どういう話をすればわかってもらえるのか、許してもらえるのかと、

それなりに頭をひねっていたつもりだったけれど、結局、私のしたことは、

ことを大きくしただけで、何も変わっていない。

何かを動かしたいと思っていたけれど、これでは……



憎しみの塊が大きくなってしまっただけ……



事務所に戻る電車の中で、これをどう三村さんに伝えるべきだろうかと、

ただ。悩み続けた。





「ただいま」

「お帰り……」

「長峰」

「はい」


伊吹さんから渡されたのは、新しい『アトリエール』だった。

付箋の場所を開くと、『私のプチ自慢』というコーナー記事がある。

そこに出ていたのは……


「あ……」


私が『NORITA』に納めた、あのジュエリーボックスだった。


「あら、知らなかったの? 知花ちゃん」

「はい、何も知りませんでした」


有名なベテラン舞台女優、小林蘭子さんが、ジュエリーボックスを購入してくれて、

仕事を終えた後に、家でお酒を飲み開くのが楽しみなのだと、記事には書いてあった。

舞台の小道具と、それを身につけた自分の写真。

彼女は一緒に閉まってあるらしい。


「少し前にね、『NORITA』から連絡があったのよ。これが出ることになって、
追加注文が増えるだろうって」

「よかったね、知花ちゃん。今頃『アトリエール』の編集部に、
これはどこで買えるのかって、問い合わせジャンジャンですよ」

「そんなこと……」


実力のある女優さんだけど、アイドルのように人気があるわけではないし、

そこまで大騒ぎになることはないだろう。


「そうでもないわよ。実力者が使うということは、
本物だと太鼓判を押しているようなものでしょ」


浮かれている場合ではないのだろうけれど、

今まで自分の作品が取り上げられるなどなかったので、正直、嬉しい。



でも……



「よかったですね」



三村さん……



「道場さん、上にいるから、『エバハウス』から連絡あったら、携帯鳴らしてください」

「あ、はい」


屋上に向かうのだろうか。

私……



三村さんに……



黙っているわけには、いかない。



「三村さん」

「……はい、どうしました」


このまま一緒に屋上へ行って、怒られても、今日のことを話さないと。


「あの……」

「なんですか」


余計なことをするなと言われていたのに、勝手に動いたのは私。


「雑誌に掲載されたお祝いの食事でも、おごって欲しいとか?」

「いえ……」



言わなければいけないのに、言い出す自信がない。

『許さない』と言われたことを、私はしてしまった。



「どうしました……なんだか、辛そうですけど」

「知花ちゃん!」


事務所の方を振り返ると、優葉ちゃんが手を握り締めた状態で、耳に当てる仕草をした。


「電話ですよ、知花ちゃんに」

「私に?」

「はい」

「誰?」

「えっと……番場法律事務所の番場さんという男性です」

「番場さん?」


番場さんという名前に、関わった覚えはないけれど。

私はとりあえず事務所に戻る。

優葉ちゃんが保留にした電話を、そのまま取った。


「はい、長峰です」

『お忙しいところ、申し訳ありません。番場忠輔(ただすけ)と申します』

「……はい」

『先ほどは、うちの横田が、長峰さんにお会いしたと……』



横田……



『番場法律事務所 弁護士 横田学』



「あ……はい」


そうだった。あの横田さんの名刺。『番場法律事務所』って確か書いてあった。

『折原建設』の顧問弁護士を長い間していた人の、弟子だって。

となると、この人が……


「あの……」


私の握っている受話器が、後ろから急に取り上げられた。


「あ……あの」

「チュースケ……どうしてここへ電話をしてくるんだ」


三村さんは、番場さんに対してそういうと、私と目を合わせて、強く口を結んだ。




【36-1】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【折原ひろ子】
紘生の母。一族で経営する『折原製薬』に嫁ぎ、
紘生の成長だけを楽しみに生きてきた女性。親族の輪に入るのが嫌で、
友人の娘、紗枝をかわいがり、嫁にしたいと願っている。

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