36 思い出話 【36-1】

36 思い出話

【36-1】

番場法律事務所の『番場忠輔』さんが、私に電話をかけてきたが、

その名前を聞き、誰なのかわかった三村さんに、受話器を取られてしまった。

何かがあると気付いてしまった三村さんの目に、私は受話器を取り返すことなど、

出来なくなる。


「チュースケ。具合が悪いって、聞いていたけれど」


番場さんは、弁護士の横田さんから事情を聞き、ここへかけてきたのだろう。

三村さんには、お母さんに会ったこと、まだ何も伝えていない。

余計なことをしたと、どうせ怒られるのだとしても、

自分から事情を伝えた方が……



少しは、気持ちも理解してもらえるかもしれないのに……



「うん……」


何を話しているのだろう。

三村さん、番場さんのことを『チュースケ』と呼んでいた。

とりあえず、隣にただ立っているのもおかしいし、座ったほうがいいはず。

自分の席に戻り、視線だけ三村さんの方へ向けてみた。


「あぁ……うん」


三村さんの目……怖い。


「うん……わかった。とりあえず一度切ります。はい」


三村さんは、受話器を置くと、もう一度道場さんに『エバハウス』のことを告げ、

あらためてエレベーターの方へ向かった。


「今の電話、知花ちゃんあてでしたよね……」

「エ……う、うん……」

「どうして三村さんが勝手に取ったんですか」


どうしてって……

それをここで説明するのは……


「小暮さん、経費伝票、1枚欠けているけれど」

「欠けてます?」

「そうですよ、欠けているから言っています」

「あれ……あ、ちょっと待ってください」


優葉ちゃんは、机の引き出しを1段ずつ開けると、

奥の方を覗き込むような仕草を見せた。何かを見つけたのか、右腕を中にいれ、

書類の間に入り込んでいた伝票を、申し訳なさそうに取り出す。

塩野さんはきちんと数えなさいと、左手を握りこぶしにして訴えた。

私の携帯にメールが届いたという合図が、光り出す。



『ガッチリ話してもらいますから』



屋上に向かった三村さんからのメールは、たった1行、これだけだった。





仕事を終えた後、

私と三村さんは『COLOR』とは逆方向にあるコーヒーショップに入った。

注文を終えると、三村さんはタバコを取り出し吸い始める。

ここからきっと、あれこれ怒られることは覚悟しているつもりだけれど、

何も聞かれずに座らされているのは、まな板の鯉みたいで、少し辛い。


「聞きたいことがあるのなら、わざわざお店に入らなくても。
うちでもいいと思いますけれど……」


せめて料理でも作って、何か食べながら話をした方が……


「いえ、今から長峰さんにもチュースケのところに行ってもらいますから」


三村さんは、これから私たち二人で『番場法律事務所』へ向かうのだと、

タバコを灰皿に置き、コーヒーを一口飲むとそう言った。

経費の持ち逃げの話も、給料をもらい続けている話も、まだ聞いたばかりなのに、

また場所を変えて、私は攻め立てられるのだろうか。


「あ……あの」


三村さんは灰皿のタバコをしっかりともみ消し、一度ため息をつく。


「そう、チュースケのところに行くその前に、
俺はあなたから話を聞かないとならないでしょう」



話……



「余計なことはするなと、あれほど言ったのに。全く……」


余計なこと。

言われると思っていたけれど、完全否定、呆れたように言われてしまうと、

申し訳なさよりも、情けない気持ちの方が強くなる。


「職業の選択をする自由は、誰にでもあるのですから。
俺が、いくら『折原製薬』の経営者を親に持つ人間であっても、
それを継ぐのか拒否するのか、親が決めることではないです」


わかっている。

三村さんには、デザインの仕事が何よりもあっているのだから。


「わかっています」

「いえ、あなたはわかっていない。打たれ弱いくせに、
どうして自分からわざわざ嫌みを言われるために出かけるんだろうな」


そう、紗枝さんにも簡単ではないと言われたけれど、

でも、顔を見て話をしてもらえば、何かつかめると思っていた。

いつも黙っているのではなくて、勇気を出してみたら、一つ前に進めることを、

私はあなたに教えてもらったから。


「向こうにしてみたら、無抵抗でいじめられる相手が来たと思うくらいで、
いいようにされるだけなのに……」


そのつもりはなかったけれど、結果的にはそうなってしまった。

私は、言いたいことを言っていたつもりだけれど、最後は焦っているだけで、

何一つ動かせなくて……


「何か渡されたでしょう。出してください」


渡された書類。

私はバッグを開け、もらってきた封筒を取り出した。

目の前には広げられている三村さんの手。

中に入っている2枚の紙には、『持ち出した経費』のことと、

『払われている給料』のことが……


「ほら、見せて……」


私が、張り切って出かけたのに、取ってきたのはこんな紙2枚だけ。

確かに、情けない……



役に立つどころか、この紙の内容は、三村さんを追い込むかもしれない……



ごめんなさい。



悔しさのため息が、茶色の封筒に落ちていった。




【36-2】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

≪Dressing 豆知識≫
日本で一番多いのは『スギ』の木。
『花粉症』の時期になると、お騒がせするスギだが、
やわらかい樹種なので、家具よりも小物向き(樽や桶)の材料になることが多い。

コメント、拍手、ランクポチなど、お待ちしています。(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


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