36 思い出話 【36-5】

【36-5】

「小さい頃からあれだけ我慢強くて、ご両親のことばかり考えていたボンが、
自分の道を見つけて飛び出したのだから。正々堂々と、戦うべきですよ……」


ねぇ……と賛同を求めてきた番場さんの視線と、私の視線が重なる。

ぜんまい巻きの人形が止まるように、番場さんの動きも止まった。


……あれ?


「あ、ごめんなさい。長峰さんの質問に答えていませんね」

「いえ……」

「私が、『折原製薬』の顧問弁護をすることになったのは、
ボンがまだ幼稚園の頃でした。若い頃から、結構髪が白かったので、
ボンは相当なじいさんだと思っていましたよね」


『顧問弁護士』という職業などわからなかったので、

遊びに来るおじいさんくらいにしか思われていなかったと、

番場さんは懐かしそうに笑う。


「自分だって会うたびに違う職業を語っていただろう。小説家だの、音楽家だの、
俺が小さい頃は、結構本気で信じたんだ」

「あはは……そうでした、そうでした。ボンは素直な子供でしたからね」


この三村さんが素直だなんて、あまり想像がつかない。


「でも、ボンが『折原家』を飛び出して、デザインの仕事をしていると知った時、
チュースケは思い出しました。ほら、『びっくり箱』のおもちゃをずっと見続けて……」

「『びっくり箱』……ですか」

「あのさぁ、チュースケ」


思い出話などどうでもいいと、三村さんが止めようとしたが、

番場さんは、視線を私にだけ向け、そのまま話し続ける。


「本当に毎日、おもちゃ屋へ出かけて、長い間見ているのですよ。
どうしても欲しいのなら、奥様にお願いしたらどうですかと言ったら、
無言で首を振って。黙って見てましたよね……どこまで見続けるのかと、
私は時計を見ながらハラハラして」


ご両親が忙しかったので、番場さんはよく三村さんを外へ連れ出したのだと言う。


「その後でしたね。家に戻って、ダンボールをあれこれ切りながら、
組み立ててみたり……そう、昔からそういうことが好きだったんですよ、ボンは……」


私も、おじいちゃんと山に入ると、木の切れ端などをあつめて、

想像の世界に入っていた。三村さんは、自分の目に欲しいものを覚えさせて、

それを組み立てるように遊んでいたと知り、なんとなく頷けてしまう。


「社長は、心の大きい方です、ボンの成長を本当に楽しみにされていたのですから。
ぜひ……」

「心が大きければ、チュースケが切られてしまうことなどなかっただろう」

「切られた?」

「うん……」


番場さんは、自分が失敗をしたからですと、軽く舌を出し、頭をポンと叩く。


「化粧品なんかを扱っていると、消費者や業者と、
それなりに揉め事なども起きることがあるんです。
もちろん、謝罪などで済む場合もあるし、そうならないこともある。
そこで、企業側としては、法律に詳しい人間を前に出して、クレームに対応するわけで。
それをこのチュースケは、消費者側についてしまって、で、解雇されました」



『解雇』



「いやいや、私も若かったし、社長も若かった。それだけですよ」

「あの人は何よりも『折原製薬』なんだ。
家族とか個人とかの気持ちなど、考えたことなんてないから」

「ボン……」


番場さんは、また双眼鏡を持ち、今度は三村さんの顔をじっと見る。


「大企業の社長ですよ、組織とはそういうものです。
それでも、あの人にはその奥にきちんともう一つの顔がある」


もう一つの顔……


「ボンは、その奥の顔をご覧になったことがないでしょう」


大企業の社長としての顔と、父親としての顔。

その奥の顔って……


「顧問弁護士という立場にいる私が、企業の利益にならないことを提案しました。
それを今、後悔しているわけではありません。表面上は、何もかもなくなりましたが、
結局、また、横田が世話になっているではないですか」


番場さんの話を聞く三村さんに、尖った部分は何もなくて、

子供のように、まっすぐに見えてくる。


「たった一人の、かわいい息子に、『がんばれよ』と言えない気持ちも、
そろそろ理解してあげたらどうですか」


三村さんのお父さん。

会社を飛び出してから、一度も会ったことがないと言っている。


「折原を名乗るべきです、ボン」



『折原紘生』



「折原を名乗り、自分の道を歩けばいいのです。許されるだけが全てではないですよ」


許されるだけが、解決方法ではない。

番場さんにそう言われてしまうと、そう思えてくる。


「あ、そうそう、この間、『ブランチライン』という雑誌で、
『エアリアルリゾート』の特集を……えっと……ここらへんだったか?」


『ブランチライン』

私と三村さんが『エアリアルリゾート』の仕事を手がけたとき、

そういえば取材をしてもらった。


「おぉ……」


机の上に積まれていた雑誌やDVDが、耐え切れなくて雪崩のようになった。

すぐ近くにいた私は立ち上がり、いくつかを拾う。



『昼さがり 団地妻の秘め事』

『女教師 いけない放課後』



「あ……あの」

「あら……」


あら……って。


「いやいや、すみません。こんなものがありましたか」


乱れた服装に、やたらに色っぽい表紙。

見るからに、どういう種類のDVDなのかがすぐにわかる。

私は、とりあえずDVDを番場さんに渡す。


「ボン……この女優、なかなかいいですよ。
ほら、えっと昔よく見た、あのセーラー服シリーズ? あの女優です」

「チュースケ」


三村さんが首を振ると、番場さんも揃って首を振る。


「こういうものは卒業……ですか」



卒業……



そういえば、うちでも知己のものを、母と見つけたことがあったっけ。


「いくつになったんだよ、チュースケ」

「70とちょいですね」

「ほぉ……」


番場さんと三村さんの会話は、終始こんな状態だった。




【36-6】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

≪Dressing 豆知識≫
日本で一番多いのは『スギ』の木。
『花粉症』の時期になると、お騒がせするスギだが、
やわらかい樹種なので、家具よりも小物向き(樽や桶)の材料になることが多い。

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