36 思い出話 【36-6】

【36-6】

番場さんが事務所にお寿司を取ってくれ、その日は3人で食事をした。

それからは、『折原家』のことは話題にならずに、世間話などが中心だったけれど、

最後まで明るく笑っていた番場さんの言葉は、

思った以上に三村さんに響いている気がする。


「楽しい方ですね」

「まぁ、そうかな。昔からあんな調子だからね。
俺は兄弟もいないし、親も忙しかったから、本当によく、連れ出してもらって……。
チュースケが父に逆らって顧問弁護士を辞めると聞いた時には、
一人でずっと泣いていたから」


三村さんにとって、三村さんの寂しさをわかってくれている人が、

番場さんだったのだろう。


「長峰さんが、うちの母と横田さんに落ち込まされているだろうから連れてこいって、
そう言っていたので連れて来ましたけど、どうですか? 立ち直りました?」

「はい」


渡された書類も、効力のあるものではないと知ったし、

『折原家』も『折原紘生』も両方知っている人から、

今の道を進めと後押しされたことは、本当に大きい気がする。


「チュースケ、あれでも大病をして、1度死にかけたんですよ。
よかった……元気になっていて」

「大病ですか」

「そう。チュースケも仕事をすると、どこまでも必死になるタイプで、で……」


番場忠輔さん。ほんの何時間か一緒にいただけだけれど、

あの人ならきっと、弱いものの気持ちも理解してくれるのだろうと、

そう思えてくる。


「折原か……」


真夏の月が輝く空を見ながら、三村さんはそうつぶやいた。





季節は真夏の8月。

伊吹さんと私は、出来上がっていく『ナビナス女子大』の寮建設を現場に行き、

指定した家具の設置具合を時折確かめた。

小林蘭子さんのおかげで、

『NORITA』からジュエリーボックスの追加注文も入り、忙しい日々が続く。


「道場さん、いい?」

「はい。今出ます」


三村さんと道場さんの『エバハウス』も、順調に動き出し、

この3、4日前から、最初の区画建築が始まった。


「塩野さんが、今度のボーナスは期待できるって、言っていましたけど、聞きました?」

「本当?」

「はい」


いつもの『COLOR』での昼食タイム。本日の話題は、会社のこと。


「あぁ……なんだか信じられないくらい、大きな仕事をするようになったものね、
我が『DOデザイン』も」

「そうですね」


そう。私が入社した7年前は、まだ本当に家具を店に卸すだけで精一杯だった。

社長も営業に駆け回り、小菅さんも伊吹さんも、パンフレットを抱えながら、

動いていたことを思い出す。


「名刺出してもさ、どこの会社なの? って、
不思議そうな顔をされることも多かったけれど、今は、『あぁ……』って、
この業界にいる人たちに、少しずつ浸透しているというのか、
ずいぶんやりやすくなったわ」


小菅さんと私は『エビスパ』を注文し、

優葉ちゃんは大好きな『とろりんオムレツ』を聖子さんに頼み終える。


「いつも下ばっかり向いていた知花ちゃんも、本当に頑張っているしね」

「あ……はい」


そうだった。みなさんのサブばかりしていた私が、

今、メインの仕事をいくつか抱えている。


「みなさんに励ましてもらって、ここまで来ました。まだまだですけれど」


そう、それは本当のこと。

ここのみなさんだから、私は自分の足で立つことが出来た。


「みなさんじゃなくて、『みむら』さんに励ましてもらって……じゃないですか?
知花ちゃん」


優葉ちゃんは、人差し指をクルクル回しながら、人のことをからかうように言う。


「いいじゃないのよ、それだって……ねぇ、知花ちゃん」

「いえいえ、本当に『みなさん』です」


私は優葉ちゃんに聞こえるよう、わざと強めに言った。


「まぁ、どっちでもいいけど、知花ちゃん。謙遜ばかりしていないで、自信を持って。
長峰知花は、本当に立派なデザイナーになりました」


小菅さんのあたたかい言葉に、照れくさいような嬉しいような、

そんな複雑な思いが交差する。


「そう……本当にそう思う」


懐かしいものを思い出しているような、どこか遠くを見ているような、

普段と違う小菅さんの雰囲気に、私と優葉ちゃんは顔を見合わせる。


「小菅さん?」

「ん?」

「なんだか少し、いつもと違いません?」

「そう……違いますよ。急に思い出話っぽくなったりして」


小菅さんは少し口元をゆるめた後、小さく何度か頷いてくれる。


「違うように見える?」

「はい」

「そう……うん、そうなのよ、違うのよ」

「なんですか?」

「私、子供が出来たの」


突然の告白に、驚きと嬉しさのビックリマークが、

『COLOR』の中にこだました。




【37-1】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

≪Dressing 豆知識≫
日本で一番多いのは『スギ』の木。
『花粉症』の時期になると、お騒がせするスギだが、
やわらかい樹種なので、家具よりも小物向き(樽や桶)の材料になることが多い。

コメント、拍手、ランクポチなど、お待ちしています。(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


コメント

非公開コメント