37 時を超えて 【37-1】

37 時を超えて

【37-1】
結婚4年目、デザイナーのいや、私にとって色々な面で憧れの先輩、

小菅さんご夫婦に、赤ちゃんが出来た。

それは嬉しいことだし、喜ぶのは当たり前なのだけれど。


「仕事?」

「はい」

「うん……今年いっぱいで、外してもらえるように社長にはお願いした。
動き回る仕事ではないけれど、通勤電車も結構大変だし、
大きな仕事を抱えると、どうしても夜が遅くなるしね」

「今年……」

「うん」


今は8月。今年なんて本当にあと少ししかない。

秋が来て、冬が来る頃には……


「やだ、知花ちゃん。急に黙らないでよ」

「いや、でも」

「だから言ったでしょ。わが『DOデザイン』も、本当にメンバーが育ってくれた。
だって、私が入ったときには、伊吹さんと社長、二人しかいなかったのよ。
半分お茶くみのように使われながら、なんとかここまで来たんだから」


小菅さんが入社したのは、『DOデザイン』が出来て2年目。

確かに、まだまだ仕事も順調とは言えない時期だっただろう。


「仕事は大好き、でも、授かるまでなんだかんだとあったのよ。
だから、自分のわがままでこの子に何かあったりしたら、一生後悔するから」


形の見えない赤ちゃんだけれど、

小菅さんの優しい目は、もうすでに『母』の色を見せている。


「小菅美恵は、人生の第二章を開くことになったわけです」

「第二章? やだ、小菅さんかっこいい」

「……そう?」


おめでとうございますと言わないとならないのに、寂しさの方が増してしまう。

笑顔を見せないといけないのに、どこかひきつってしまって。


「知花ちゃん」

「はい」

「いつでも電話してくれていいし、いつでも『COLOR』に呼び出してよ。
私、別に家にこもるつもりはないからね。
ラッシュでない電車なら、どんどん乗ってくるよ」

「小菅さん」

「正式には今年で会社を去るけれど、フォローくらい、出産ギリギリまでやるから」

「ギリギリって」

「あはは……」


小菅さんと優葉ちゃんの明るい気持ちに、私はようやく『はい』と返事が出来た。





「転ばないでくださいね」

「大丈夫よ、妙な気を使わないでって」


昼食を終えて、エレベーターで事務所に戻ると、会社の前に一人の女性が立っていた。

ガラス越しに中を見ようとしていたのか、私たちに気付くと、慌てて頭を下げてくれる。


「あの……仕事の依頼でしたら、どうぞ中に」

「いえ……」


仕事の依頼ではないとなると、どういうことだろう。

優葉ちゃんは、誰に用件があるのですかと、すぐに聞き返す。


「あの……折原紘生さんは……」

「は? 折原?」



『折原紘生』



事務所に訪ねてきた女性は、三村さんの本名を知っていた。

それも当たり前のように。


「折原って、うちにいました?」

「三村君のことでしょう」

「三村……あぁ、そうでした」


本名を知っている人だからといって、何も構える必要はないはずなのに、

年齢は、私と変わらないくらいに思えるけれど、大学時代の知り合いとか、

そういう関係だろうか。


「少し、お待ちください」


先に事務所へ入り、社長の席の横にあるホワイトボードを見る。

三村さんは『外出中』。


「すみません、折原は今、仕事で外へ出ています。
もし、伝えていい用件でしたら、私の方から伝えますし、
お名前と携帯の番号でも教えていただけたら……」

「そうですか」


明らかにガッカリされてしまった。

約束でもしていたのだろうか。


「あの……お約束でも……」


小菅さんにそう聞かれた彼女は、すぐに首を振った。

言葉の続きを出すことなく、口を結んでしまうところを見ると、

伝言では困ることのように思えてしまう。


「あの……いえ、やっぱりいいです。伝言は結構です。
電話で話すようなことではありませんので」


電話で話せないこと……とは、なんだろう。


「あの……折原さん、明日なら事務所にいらっしゃいますか」


こうなると、無理に聞くわけにはいかない。


「少しお待ちください。もう一度、予定表を確認してきます」


社長が管理しているメンバーの外出予定表を見ると、

明日の三村さんは、午前中なら事務所にいることになっていた。

私はすぐに、事務所前に戻る。


「明日の午前中なら、事務所にいると思いますが」

「そうですか……ではまた来ます」

「あ、あの……お名前」

「いえ……今日は結構です」


小菅さんと優葉ちゃんに、彼女は軽く頭を下げると、エレベーターのボタンを押し、

ちょうど止まっていたものに乗り込み、下へ行ってしまった。




【37-2】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【番場忠輔】
『番場法律事務所』の代表。『折原製薬』の顧問弁護士をしていた。
幼い頃から一人だった紘生のおもり役でもあり、寂しさも知っている。
会話がすぐに男女の話しになってしまうところが、マイナス点。

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