37 時を超えて 【37-6】

【37-6】
「はい……って」

「これ、三村君に持って行ってあげたら?
さっきのページよりも、もっと詳しく開発の話が書いてあるし」



『宝橋三丁目 駅ビル建設事業』



「小菅さん」

「どういう事情なのか、私たちにはわからないけれど、
知花ちゃんは少しならわかっているのでしょ。さっきの三村君の言い方からしたら」

「あ……はい」

「環奈さんって人、あまりいい顔ではなかったから、
三村君、いい返事を出さなかったのかもしれない」


そう、確かに出て行く環奈さんは、笑顔ではなかった。


「それでも、すぐに調べようとしたところを見ると、気にはなっている。
だから……」

「小菅さん」

「一緒に、考えてあげたら?」



一緒に……



「はい」


そう、三村さん迷っているように見えた。

過去のことがあるから、すぐにわかったと言えなかったのかもしれない。


「私、上に二人分のコーヒー、お持ちしましょうか」

「大丈夫です」


冗談でそういった優葉ちゃんの頭に軽く触れ、私は小菅さんから用紙をもらうと、

上に向かった三村さんを追いかけた。





エレベーターを降りると、いつものベンチに三村さんが座っていた。

タバコを持っているけれど、あまり吸っていないように見える。

長くなった灰をポンポンと落とし、また前を見る。


「三村さん……」


呼んでみたけれど、返事はない。

私はゆっくりと近付き、ベンチの左側に座る。


「元彼女ではなかったですね、残念」


そう、元彼女ではなかったことがわかったから、そんなセリフも言える。


「何、余裕なこと言っているんですか。昨日はオロオロしていたくせに」

「オロオロなんて……」


していたかもしれない。


「終わったら何でも言えるのです」


真夏の空。

この空の色を何度も見る間、三村さんと久我さんの関係は、壊れたままだった。

時の流れを一気に越えるのは、なかなか大変だろう。


「話をしてもいいですか」

「はい」

「秀臣の家は、不動産をしていて、あいつは大学を卒業したら家を継ぐと、
ずっと言っていました。元々、お父さんの体があまり強いほうではなかったので、
自分がという思いは、強かったのでしょうね」

「そうですか……」

「親の仕事を継ぐことに、違和感を持ち続けてきた俺とは、正反対の生き方です」


私は言葉に出すのは申し訳ない気がして、ただ小さく頷いてみせる。


「『宝橋三丁目』の駅ビル計画は、俺たちが大学生の頃にすでに出ていたそうです。
地元の企業ということもあり、久我不動産が商店街の個々の店との間に入り、
駅ビル移転に取り組んできたらしいのですが……」


地元企業の代表として、地元をよくするため、久我さんは活動してきた。

親の会社を継ぐことをやめ、飛び出した三村さんと全く正反対の人生。


「元は乾物を扱っていた店舗が、立て直すとういうこの機会に、
娘夫婦に場所を渡して、紅茶を扱い、手作りのケーキを食べられる店を
オープンすることになったらしくて」

「喫茶店ということですか」

「まぁ、娘さんがそういうスペースも作りたいと希望を出したそうです。
紅茶を使ったケーキやクッキーなども置く、洋菓子店を兼ねた場所として」


ちょっとした手土産を買えるお店として、生まれ変わるということだろうか。


「ところが、その店の内装と家具設置をお願いしていた業者が、急に姿をくらました」

「業者が?」

「はい。材料を注文し、それが届いたところで、音信不通だそうです」

「それじゃ、お店が……」

「そうなんですよ。他の店はどんどん作業が進んでいるのに、
その店だけストップしてしまったらしくて」


自分たちには知っている業者もないということで、

取引先などもすべて、久我さんに任されていたという。


「あいつは、以前付き合いのあった別の不動産店に頼める人がいないかと相談して、
それで紹介されたらしいのですが。それがこんなふうに……」


自分たちの出来る分野ではない仕事でも、会社にはそれぞれつながりがある。

『DOデザイン』も家具デザインが専門だけれど、

それ以外のコーディネートさんや、工務店など、紹介できる知り合いはいる。


「最初から、俺に話を持っていけと、環奈さんはアドバイスしたらしいけれど、
あいつは……」


三村さんの言葉、止まってしまった。

でも、何を言いたいのかはなんとなくわかる。

久我さんは、三村さんに申し訳なくて、相談する気持ちにならなかったのだろう。

電話で泣きながら謝ったという人だ。

あの日、三村さんの人生を狂わせてしまったと、思い続けているのかもしれない。


「環奈さんは、助けて欲しいと言いに来たのでしょう」


髙い壁があることは、妹である彼女にもわかっている。

それでも、兄のことをここで親身に考えてくれるのは、

三村さん、いや折原さんしかいないと、環奈さんはここまで尋ねてきた。


「助けてあげないのですか」


すぐに返事が戻らない。

『時を越える』ことは、難しいのかもしれないけれど……


「助けてと言われてすることが、初めて助けになるのでしょう。
秀臣は俺のところに来ているわけではありませんから。
そう、環奈ちゃんには言いました」

「それって……久我さん本人が頭を下げなければ、動かないとそういうことですか」


家の事情があり、助けてもらう代わりに、久我さんは三村さんを裏切った。

遠いイタリアの地で、信じていた友達の裏切りを知り、

そこで気持ちが弾け飛んだ時の思いは、何年経っても消えるものではないだろう。


「辛くても、苦しくても、自分がそれを必要だと思うのなら、
久我が自らここへ来るべきだと俺は思います」


とことん追い込まれて、どうしようもなくなって、

そうしたら久我さんは、ここへ来るだろうか。

私は、缶にタバコを押し付け消そうとする三村さんを見ながら、そう思った。




【38-1】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【番場忠輔】
『番場法律事務所』の代表。『折原製薬』の顧問弁護士をしていた。
幼い頃から一人だった紘生のおもり役でもあり、寂しさも知っている。
会話がすぐに男女の話しになってしまうところが、マイナス点。

コメント、拍手、ランクポチなど、お待ちしています。(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


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