38 もたつく思い 【38-1】

38 もたつく思い

【38-1】

「今の状態では、俺が出る必要もなければ……」

「久我さんは、来ませんよ」


言ってしまった。

久我さんがここには来ないだなんて、勝手に言ってしまった。

三村さんの言葉が止まり、こちらを向いているように思えるけれど、

でも、私から顔は合わせない。

だって、合わせてしまうとこれ以上、言えなくなる。


「久我さんは、どんなに追い込まれても、ここへは来ないと思います。
誰よりも三村さんに迷惑をかけたと思っているから、ここには来られない」


そう、久我さんはここへ来て、泣いたり騒いだりしないだろう。

あの時からずっと、悪いのは自分だと思っているから、

親友の秘密、それを話してしまった罪に、苦しみ続けてきたはず。


「三村さんが日本に戻り、こうしてデザインの仕事をしていることを知り、
心の底では喜んでくれているでしょうけれど、でも、許してくれとは言えずにずっと、
久我さんは耐えているはずです」


会ったこともないのに、話をしたこともないのに、なぜかそう思えてしまう。

『心をオープン』に出来ない人の気持ちは、私にはよくわかる。

謝りたい気持ちはあるけれど、線を乗り越えてくるのは、とても怖いことだから。

『現状維持』

その思いが、心を支配するから。


「三村さん、これをきっかけにしてあげたらどうですか。
前に、三村さん言っていましたよね、本当は、デザインを勉強していることを、
ご両親に話してしまった久我さんを恨むのではなくて、
親に話をしてこなかった自分が悪いのだと」


デザインの仕事をしたいと、言えずに黙って社会人になった自分の罪。

それに久我さんは、巻き込まれた。


「確かに言いました。でも、それとこれとは違います」

「違いますか?」

「違います」


違うだろうか。いや、違ってもどうでもいいのではないだろうか。


「あいつが頭を下げてこないのなら、とことん自分で戦えばいいことです」


三村さんはそういうと、ベンチから立ち上がり、柵の前まで進んだ。

二人の関係を、深く知らないのだから、私の考えは間違っているかもしれない。

でも……


「どっちだっていいじゃないですか。そうやってまた……逃げるのですか」

「逃げる?」

「そうです。三村さんは結局、色々なことから逃げているのでしょう」


見てしまった。三村さんの顔。

目があったらきっと、負けてしまうと思ったから、あえて別方向を見ていたのに。


「俺が逃げているって、どういうことですか」

「どういうことも、こういうこともなく……そういうことです」

「わかるように説明してほしいですが」


小菅さんから渡された紙に触れながら、

こんな頼りないものにも、応援を頼みたい気分になる。


「番場さんに言われましたよね。折原紘生で勝負しろと。
三村先生の名前を使って、三村紘生と名乗ってみても、それは……」


そう、三村さんのお母さんと会った日。

『三村紘生』など、この世にいないのだからと、押し返された。


「かっこつけて、避けて、逃げているだけなんです」


また、言ってしまった。

後先も考えず、言葉に出してしまった。

元々、話しが上手い方ではないのに、

自分でも何を言いたいのかわからないところもあるのに。黙っていられなかった。



今までさんざん、色々なことから逃げてきた私に、

三村さんを責める資格などないのは、十分、わかっている。



「長峰さんは、俺に何をしろと言いたいのですか」

「何って……」


何って、具体的には出てこないけれど。


「俺は『DOデザイン』の社長ではありません。秀臣の抱えた店が、
どういう状態になっているのか、そう、環奈さんの話しを聞けばだいたいわかります。
材料だけを押しつけられて、デザインや工事にかかる費用は、
ほとんど持ち逃げされたのですよ。その材料だって、
どんなものを残していったのかわからない。
使い物にならないものだったら、あらためて仕入れして、
それを加工していくらかかりますか。時間をかけてやり遂げたとしても、
お金がない人たちから、どうやって費用を取るのですか」


現実……

確かに現実はそうだろう。


「知り合いだから、かわいそうだからと感情論で突っ走ったら、
結局、グダグダになるだけです」


感情論。

そう、それはそうかもしれない。


「そうかもしれませんけど……」


三村さんの出してきた現実に、勝つ理想が出てこない。


「今、秀臣のすることは、環奈さんを動かすことではないはずだ。
どうしたら、店を開店まで持っていけるのか、費用は誰がどう負担するのか、
そこまで考えて、頼むことでしょう」


ただ助けて欲しいという抽象的な状態では、確かに入り込むことは勇気のいることだ。


「それも、教えてあげたらいいじゃないですか。わからないから迷うのです。
私たちは、それを知っているのだから……」

「だから言いましたよね、俺は頼まれていません。
それをこちらからするのはおせっかいでしょう」

「おせっかい?」


頼まれていないことをするのは、確かにおせっかいかもしれないけれど、

アドバイスとおせっかいは違う気がする。


「まぁ、男と女の脳は、違うそうですから仕方がないですよ。
目の前を見ようとすることと、先を見ることと……。
とにかく今は、抱えている仕事がこちらにもありますし」


お金と時間と……


「……わかりました」


いや、わかってはいない。でも、これ以上、ここで話しをしてみても、

私では、この三村さんの固くなった心の壁を取り壊せない。


「これ、ここに置きます。『宝橋三丁目』の開発に関する記事や資料、
小菅さんが見つけて印刷してくれましたから」


私はベンチに資料を置き、三村さんのライターを重しの代わりに置いた。


「私は、これを置きに来ただけですから」


握りしめて出来た資料のしわを軽く伸ばし、私は屋上から事務所へと戻ることにした。




【38-2】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【松宮環奈】
紘生の大学時代の友人、久我秀臣の妹、すでに嫁いだため名字は松宮。
紘生と秀臣のぎくしゃくした関係を知っていたため、
なんとかしたくて『DOデザイン』にやってくる。

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