40 挑む相手 【40-1】

40 挑む相手

【40-1】

「美味い!」

「いいんですか、戸波さん」

「いいって、いいって。美味いだろ、これ」

「はい」


戸波さんの奥さんは、実家のある兵庫に戻っているらしく、

私が持ってきた『ソーセージ』は、結局私たちのおなかの中に収まってしまった。

ビールで乾杯をしようかという戸波さんに、お酒はしばらくいいと、

三村さんが首を振る。


「なんだよ、お迎え来てくれただろうが」

「長峰さんの運転じゃ、怖くて寝てられませんから、俺」

「は? お前、素直じゃないねぇ」


戸波さんはそういうと、ご迷惑をかけますと私に頭を下げてくれる。

私は笑いながらどういたしましてと返事をした。





「三村さん、帰りにも『リトルメイ』に寄ってもらえませんか。
まだ、この時間なら営業していると思うので」

「いいですよ、買って帰りますか」

「実家に送ります。とっても美味しかったから」


そう、『ソーセージ』など、スーパーに行けば売っていることもわかっているけれど、

いつもなら贅沢をしない両親に、少しだけおすそ分け。


「あ、そうだ。それなら俺、和歌山の家へ送りますよ。
三村先生のチェストを送ってもらった時のお礼、まだでしたし」

「お礼だなんて、伯母は好きなものを入れただけですから、気にしなくても」

「いえ……」


結局、二人で『リトルメイ』に寄り、

先ほど勧めてもらったものがとても美味しかったことを話し、

千葉の『長峰家』と和歌山の『迫田家』に詰め合わせを送ることにした。

住所を書き、名前の部分だけ三村さんに書いてもらおうと紙を渡す。

三村さんは……


「エ……」



『折原紘生』



「三村さん……」

「すみません、あれだけあれこれ言っておいて驚くでしょうけれど、
自分なりに考えて決めました。もう三村は使わないようにします」


三村さんは、この名前だと伯母や伯父がわからないので、

隣に私の名前を書いてほしいと紙を戻してくる。

『折原紘生』の横に並ぶ、『長峰知花』


「本当に、これからは折原で仕事をしていくつもりですか」

「はい」

「どうして急に。だって、この名前を語るのが嫌だとずっと……」

「そうですね。正直、『折原』の名字にはまだ抵抗があります。
でも、それではこれ以上先には進まない気がするので」


何かを進めようという思いが、三村さんの中に芽生えたということだろうか。


「どうあがいても、結局はここに戻るんですよ。100%三村にはならない。
今まで、『折原製薬』がどうのこうのと、理由をつけていましたが、
相手方に逃げたと思われているのは、気分のいいものではないので。
俺自身がその名前をしっかり受け止めて、戦っていこうと決めました」


『折原製薬』の名前と、親の話が出ることを嫌い、避け続けてきた名前。

フリーライターの千葉さんが、雑誌に経歴を載せようとしたときには、

あれだけ怒っていたのに。


「和歌山で、長峰さんが俺を『三村さん』と紹介したとき、正直、申し訳ないなと……」


三村先生のベンチを見ることから、色々なことがあって、迫田家に宿泊した。

複雑な話をするべき時期ではないと思い、私は『三村さん』と紹介した。


「あなたの思いには、全て応えると約束した以上、どんな理由があっても、
偽りを語らせるのは申し訳ないと思いました」

「三村さん……」

「これからは、誰に何を言われても、跳ね返してやるという決意です」


『折原製薬』のことを出されても、それを乗り越えるという決意。


「……はい」



『三村紘生』



私が仕事を諦め、結婚するつもりになっていた日々の中、本当の思いに気付き、

新しい時間をくれた人。

そして、彼にとっても……


「『三村紘生』は偽りではないですよ」

「ん?」

「あなたが……『三村紘生』になれたから、私も今がある気がします」


何もかも押さえ込んでいた日々、私にも折原さんにも両方あった。

折原さんは『三村紘生』という別の自分を作り出すことで、それを乗り越え、

私もその人にはげまされてここまで来た。


「偽りではなくて、一緒になるだけです」


そう、右と左の自分が、一緒になるだけ。


「一緒に……ですか」

「はい」

「そうですね」


そう、これからは全てをひとつにして……


「さて、戻りましょう」

「はい」


私たちは車に乗り込み、仲間の待つ事務所へ向かうために走り出す。


「折原さん……って、すぐには慣れそうもないですね」

「事務所ではどっちでもいいですよ」

「そういうわけにはいかないでしょう。おかしいじゃないですか、
折原なのに三村さんって」


意識して呼べば呼べるだろうけれど……



「紘生でいいですよ」



紘生……



「同じ職場でなければ、それも出来ますけど……」


同じ事務所で働いているのに、名前で呼ぶのはどうも気がひける。

優葉ちゃんなんか、ニヤニヤして計算間違えそうだし。


「それなら、『おい』でも、『ちょっと』でもいいですよ」

「そんな呼び方する人、聞いたことがありません」

「あはは……」


幸いにも渋滞に入り込むことなく、私たちは事務所へ戻ることが出来た。




【40-2】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

≪Dressing 豆知識≫
日本の街路樹は、『イチョウ』、『サクラ』、『ケヤキ』の順番で多い。
イチョウは、まな板や将棋盤などによく使われ、
ケヤキは和の家具(和箪笥やちゃぶ台)の材料として重宝されている。

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