40 挑む相手 【40-6】

【40-6】

「小林蘭子さんの役が、子供を持つ女優の役でして。
それなら、自分を出せるような環境を、セットに整えて欲しいと、
プロデューサーに希望を出したそうなのです」


普通は、タイアップ企業がある場合、セット内にはその企業から提供されたものを置き、

イメージ作りも全てスタッフ側が行うことが当たり前なのだけれど、

小林蘭子さんはベテランの女優であり、

今回、舞台から久しぶりにドラマへ出ることが話題にもなっていることから、

プロデューサーも、受け入れてもらえないかと、『コンスタン』側に話をしてきた。


「いやいや、うちにだって、ジュエリーボックスになるような小物入れはありますし、
もし、ご希望なら制作してでもと、言い返すつもりでしたが……」


高梨さんは話の途中で立ち上がり、手元にあるリモコンを押した。

壁の下側が大きく開く。


「実は、今回『DOデザイン』さんのこのジュエリーボックスを、
私自身が購入させてもらいまして」


引き出された棚の中に、確かに私のジュエリーボックスがあった。

しかも、天然木で作った第一弾と、少し定価を抑えた二弾目、両方揃っている。


「見せていただいて、納得できました。これは敵ながら素晴らしいです。
繊細な飾りに、普遍的なフォルム。古臭そうなイメージを一瞬持ちますが、
手にしてみると、それが違うことに気付く」


デザイン的には、流行のラインもなければ、色使いもない。

あくまでも、『木』そのものを生かそうとした結果が、ジュエリーボックスになっている。


「私はこのデザインを作り出すことはないですが、だからこそ、魅力的に思えました。
ないものを持つ人には、興味をそそられます」


確かに、高梨さんのアイデアに、私のあの造りは出てこないだろう。


「ありがとうございます。長峰はうちで7年目のデザイナーなのですが、
なかなか仕事に恵まれずに、色々と前へ出て行くチャンスをうかがっておりました。
今回、『コンスタン』さんのご好意により、このように参加させていただけること、
こちらとしても、ありがたい限りです」

「いえいえ……」

「高梨さんのように、社長に実力があれば、
うちの社員たちももっと大きな仕事を請け負えるのかもしれませんが、
なんせ、こんな男なもので」

「そんな……『DOデザイン』さんは、実力者ぞろいだと、そう認識しています。
『ナビナス女子大』の新設寮。あちらがどういうつくりになるのかも、私自身、
非常に興味がありますし……」


高梨さんは、また話を止め、テーブルの前に立った。

何やらパンフレットのようなものをめくり出す。


「それに『DOデザイン』さんには……『J』がいる」



『J』



どこかで聞いた気がするけれど……出てこない。


「『J』……ですか」

「はい」


社長が、助け船を出して欲しいと、私の方を向く。

『J』って誰だっけ……伊吹、小菅、三村……


「あ……」


そうだった、思い出した。『J』って、折原さんのことだ。

イタリアで賞を取ったときの名前、『J』だと聞いた。


「社長、折原さんのことです。イタリアで賞を取った時の名前」

「おぉ……そうだ、そうだったな」

「私は当時、イタリアに戻ったばかりでした。
『林田家具』でそれなりにアイデアが認められ仕事をしていましたが、
何一つ満足感を得ることがなかった。『高梨』という名前は全く表にはなく、
常に『林田家具』となってしまう」


大きな組織では、それは仕方がないことだろう。

その分、『林田家具』に守られてきたのだから。


「考えられなかった。私と同じ日本人で、
しかも、それまできちんとした仕事についていたわけではない男が、
いきなり外で認められたなんて」


『折原紘生』の名前を捨て、外国で必死に暮らしていたことが、

彼の中に、実力としてしっかり根付いたということ。


「『DOデザイン』さんは、私のライバルです」


高梨さんの言葉に、私も社長も、返す言葉がなく、

ただ、コーヒーのグラスを空にすることしか出来なかった。





『コンスタン』からの戻り電車。

社長は半分寝ているのか、目を閉じている。

私たちが社内にいる間、『コンスタン』の社員は、誰一人戻ってくることがなかった。

確かに、一人ずつ独立した仕事をするのは、『DOデザイン』も変わらないが、

少し迷ったとき、声をかけられる相手がいるのは、心強い。

たった一人でPCに向かい、延々と仕事をするというスタイルは、

どこか窮屈そうな気がしてしまった。


伊吹さんの『どっこらしょ』のセリフや、小菅さんの笑い声、

塩野さんのつぶやきに、優葉ちゃんのどうでもいいようなおしゃべり。

社長が揺らす椅子の音に、道場さんの指が回したペンが時々落ちる音……



そして……



あの人の仕事をする姿……



私にとっては、全てが必要なことだと、あらためてそう思った。





「なんだか、新未来都市に行ったような気分でした」

「新未来都市?」

「そう。余分な装飾とかはないのだけれど、個性的な色使いの棚とか、
あと、静かなデザイン室に、いくつものPCとか……」


その日の仕事を終え、私と折原さんは一緒に部屋へ戻った。

私が夕食を作る間、折原さんはごちゃ混ぜになった雑誌と書類を片付けてくれる。


「週に1度しか出社の必要はないそうです。個人個人が高梨さんとつながっているから、
それでって」

「ほぉ……」

「やり方はそれぞれでしょうけれど、私は逆に息苦しい気がしました。
もう7年もいるからかもしれないけれど、何やら音がしている『DOデザイン』の方が、
数倍も居心地いいです」

「ネットで仕事をするスタイルは、今、どんどん広がっていますからね。
うちのように顔を突き合わせて、あれこれ言い合うスタイルは、
どんどん減るのかもしれませんよ」

「そうでしょうか」

「で、半外人の社長には、何か条件でも出されましたか?」

「半外人?」

「『シルヴァーノ高梨』って男ですよ」



『半外人』って……



「高梨さんは半外人ではないですよ。日本人です」

「だったら『シルヴァーノ』なんて面倒な名前、使わなければいいじゃないですか。
日本以外を強調していますっていうのが、明らかにわかるでしょう」


片づけを終えた三村さんは、冷蔵庫を開けると、

乾杯用のビールを1つだけ取り出した。




【41-1】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

≪Dressing 豆知識≫
日本の街路樹は、『イチョウ』、『サクラ』、『ケヤキ』の順番で多い。
イチョウは、まな板や将棋盤などによく使われ、
ケヤキは和の家具(和箪笥やちゃぶ台)の材料として重宝されている。

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