43 近づく日 【43-4】

【43-4】

「ただいま戻りました」

「お帰りなさい、どうでした? お披露目」

「うん、思っていたよりも盛大だったの」


すぐに話しかけてくれた道場さんに、お店の雰囲気などを軽く話し、

お勧めの紅茶を買ってきたことを優葉ちゃんに話した。

優葉ちゃんは、せっかくだからみんなで飲みましょうと、準備をしてくれる。


「……小菅さんは?」

「あ、そういえば、まだですね」

「まだ?」


もう話が出来上がっている契約のはずだから、それほどかからないと思っていたのに、

世間話ででも盛り上がっているのだろうか。


「すぐ、戻るね」


折原さんは席にいない。

きっと、屋上でタバコを吸っているのだろう。

私はバッグをデスクに置き、事務所を出ると、エレベーターで上に向かう。

扉が開ききるのを待たないうちに外へ出て、いつものベンチを見た。


「あれ……」


折原さんは、そこにはいなくて。

ひとつ上の階に会社を構えている『税理士事務所』の人たちが、

聞いてもわからないような話で、盛り上がっていた。

ベンチが空いていなくて、別の場所にでもいるのかと目を動かしたが、

折原さんの姿は、どこにもない。


こんなふうに慌てなくても、仕事が終わったら一緒に部屋へ戻って、

食事でもしながら、納得するまで話し合うことが出来るのに。


それはわかっているのに……



今すぐに……

この不安定な気持ちを、ただ抱きしめてほしくて……



抱えきれなくなったため息を、私は屋上のコンクリートに落とす。



秋の風はどこか冷たくて、

寂しい気持ちを、さらに大きく膨らませる。



優葉ちゃんが紅茶を入れてくれている。

事務所に戻らないと。



「長峰さん……」


声に振り返ると、そこには折原さんが立っていた。


「折原さん……どこに行っていたんですか」

「どこって『COLOR』ですよ、伊吹さんと」

「『COLOR』?」


折原さんは、新しい仕事が入って、その話をしていたと言いながら、

私の方へ近付いてきた。


「事務所へ戻ったら、小暮さんが紅茶を入れていて、
長峰さんが屋上に向かったから呼んで来てくれないかと……で、何かありましたか」

「何か?」

「なんだか、慌てているように見えますけど」


何かがあったと言えるだろうか。折原さんのお父さんが現れたことで、

私がただ、不安になっているだけなのに。


「あの……」

「はい」

「お父さんをお見かけしました」


そう、言葉を交わしたわけでもないし、何かを言われたわけでもないのに、

ただ、その圧倒的な存在感に、自分自身が慌ててしまった。


「父に」

「はい」


挑むべき人物の大きさに、私が圧倒されてしまった。


「側近を何名も連れていたでしょう」

「……はい」

「本当は、何か言われたとか」

「いえ、ただ、遠くで見かけただけです」

「本当に?」

「本当です。でも、とっても存在感があって。あの人がって……」


そう、あの人が折原さんのお父さんなのだと思うだけで、

あの人が、今、ここにいる状態を、反対しているのだと思うだけで、

どう逃げ回っても、いつか捕まってしまうような、そんな思いだけが膨らんでしまう。


「確かに、何も知らない長峰さんには、そう思えるのでしょう。
でも、俺にとっては、普通の父親です。会社の社長だろうが、
何名も側近を連れていようが、向かいあえばただの1対1です」

「はい」

「慌てることも、悩むこともありません。俺は絶対に勝ちますから」


私は、そう自分でも思うように、何度も繰り返し頷いた。

折原さんの人生なのだから、彼自身が決められるはず。

何があっても、跳ね返すだけの力と実力が、この人にはある。



『婚約者』



ただ、私が隣にいられるのかは……


「行きましょう。ここで無駄時間を過ごしていると、小暮さんにさらに怒られますよ」

「あ、はい」


そうだった。

私が買ってきた紅茶、入れてくれたと言っていた。


先を歩く折原さんの後ろを、遅れずにただついていく。

エレベーターは屋上で止まっていたので、二人で乗り込んだ。



……が



扉が閉まるのと同時に、折原さんは私をしっかりと抱きしめてくれた。

わけのわからない不安に、押しつぶされそうになっていることに、

本当は、気付いてくれていた……。


「『折原製薬』の名前が出るたび、あなたを不安にしかさせられない自分が、
もどかしいです」


折原さんに謝ってもらうようなことではない。

私がもっと、もっと、強くならなくてはいけないのに。

『信じる』ことを決めたのだから、何があっても……


「大丈夫です……信じていますから」


私は折原さんをしっかりとつかみながら、そう自分に言い聞かせた。




【43-5】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【島浦かほる】
東京都選出の女性議員。秘書の一人は雪村龍。
以前は紘生の通った『青峰大学』の教授で、『男女平等』や、
『女性の社会進出』について、講義をしていた。

コメント、拍手、ランクポチなど、お待ちしています。(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


コメント

非公開コメント