43 近づく日 【43-6】

【43-6】

『FREE』

男性誌としての売り上げも、なかなか好調で、

専属モデルたちは、そこからデビューに結びつく。

注目される仕事は、いいも悪いも、影響が大きい。

心を落ち着けるため、紅茶をもう1杯飲もうかと立ち上がったとき、

隣の席が、未だに空いていることに気づく。


「小菅さんは……」

「あら、そういえばまだ戻っていないわよね」

「そうですね、そういえば」


塩野さんや優葉ちゃんが知らないとなると、本当にまだ戻っていないのだろう。

時計を見ると、もうじき3時を回ろうとしている。


「遅いですね、小菅さん」


私がお披露目会に行くのと同時くらいに、

小菅さんは『森のくまさん』へ行く用意をしていた。

契約が終わって、話しに花が咲いているとしても、それにしても遅くないだろうか。

せめて、どういう状況になったのかくらい、連絡してきてもおかしくない。


「連絡はありましたか?」

「ううん……ないわよね」

「ないですね」


社内にいることが多い塩野さんや優葉ちゃんが、電話を受けていない。

道場さんの方を向くと、すぐに彼女が首を振った。


「……どうした」

「あ、社長。小菅さんから連絡ありましたか?」

「小菅? いや、ないなぁ……」


男性陣も、小菅さんからの連絡を受けていない。

なにやら嫌な予感がして、私は携帯を取り出すと、小菅さんの番号に回した。

『森のくまさん』にいるのなら、電話くらい取れるだろう。

しかし、呼び出し音を1分近く鳴らしているのに、誰も電話に出てくれない。


「小菅さん、電話に出ません」

「出ない?」


小菅さんが電話に出てくれないなんて、初めてのことだった。

もしかしたら、途中で具合でも悪くなったのだろうか。

妊娠しているのだから、気分を悪くしたとか、めまいがして倒れたとか。


「『森のくまさん』にかけてみます」


私は先日いただいた名刺を取り出し、『森のくまさん』にかけてみた。

始めはバイトの女性が出てくれたので、

オーナーの本郷さんを出してくれるようにお願いする。


「もしもし、『DOデザイン』の長峰です。先日はありがとうございました」


挨拶をし、小菅さんのことを聞こうと思ったが、

先に名前を出してくれたのは、本郷オーナーの方だった。


「……どういうことですか」

『まだ、戻っていないのかい。いやいや、トラブルがあって、
『ガーディル』と契約にならなくてさ。あの男、本当に……。
小菅さんも粘ってくれたけれど、結局わかりましたと……そうだな……
昼前には出たのだけれど』

「昼前ですか」

『うん……』


トラブルで契約にならなかったとは、どういうことだろう。

それに、昼前に出たのなら、なぜ、戻っていないのだろう。


「オーナー、トラブルってどういうことですか」


私は情報を少しでも得ようと、受話器をさらに強く握った。





『口約束』

確かに、そう言われてみたら、そうだった。

しかし、小菅さんにしてみれば、新しい相手は、得意先として長い間仕事をしてきた

本郷オーナーの仲間だと思っていたため、ギリギリまで相手側に任せていた。

ところが、その相手『ガーディル』は、別の企業から進められた商品を

買うことにすると急に言い出し、『森のくまさん』に現れることがなかった。


「本契約は済ませてなかったわけだ」

「今日、その書類に印鑑をもらう約束になっていました。
『森のくまさん』と同じものを、20頼むと言い出したのは向こうでしたし、
小菅さんも、本郷オーナーとの長い付き合いから、それを信用していたのだと」


電話で聞いた内容を、伊吹さんと社長に語る。

伊吹さんは、腹の立つ話だけれど、最終的には相手が選ぶことだから仕方がないと、

そう言ってくれた。

しかし、社長はその話を聞くとすぐに、

うちがいつも家具を実際に製作してもらっている工場へ、連絡を入れる。


「もしもし、土居です。急に申し訳ない。社長は……」


社長が工場に連絡を入れたことで、なぜ、小菅さんがここに戻っていないのか、

それがわかることになった。





「はぁ……」


その日は仕事を終えてからも、誰一人席を立つことがなかった。

まだここに戻ってこない小菅さんが戻らないと、のんびりお茶を飲む気にすらならない。


「それにしても、あいつらしくなかったな……」


伊吹さんは、両手を組んだまま、ぽつりと言う。

そう、いつもの小菅さんなら、そんなことはしなかったのだろう。

注文を受けることを予測し、『森のくまさん』が発注してくれた分と合わせた数を、

工場へ通してしまった。



生産はすぐに動き出し、売るあての決まっていない商品在庫を、

『DOデザイン』は20、抱えることになる。



「あの……」


小菅さんがデザインしたあの組みかえられる椅子は、間違いなくいい商品だ。


「お世話になっている店舗などに話をして、購入してもらえるような方向に、
持って行くことは出来ないでしょうか。あ、そう、『NORITA』にも話をして……」

「『NORITA』が扱ってくれる商品は、あくまでも個人消費者向けです。
あの椅子は業者用ですから、無理でしょう」

「でも、話してみれば……」

「無理ですよ」


無理、無理って……折原さん。

一応考える素振りくらい、見せて欲しいのに。


「折原さん、人が意見を言っているのに……」

「わかりました! 相手がわかりました!」


外に出ていた道場さんが、携帯を握り締めたまま事務所に戻ってきた。




【44-1】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【島浦かほる】
東京都選出の女性議員。秘書の一人は雪村龍。
以前は紘生の通った『青峰大学』の教授で、『男女平等』や、
『女性の社会進出』について、講義をしていた。

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