44 駆け引き 【44-3】

【44-3】

「どうしたんですか。そんなに泣くほど深く切ったんですか?」

「いえ……」


指の痛みなど、どうでもいい。心が痛くて、悲しくなる。


「あんなふうに……辛そうな小菅さんを見るのは、初めてで……。
また、思い出してしまって」


そう、笑ってくれている姿しか、思い出せないはずなのに。

私が失敗をしても、いつも『笑顔』で迎えてくれたのに。


「小菅さん、最後の仕事だからって、気持ち、入れていただけに……」


グズグズ言うと、また折原さんに怒られてしまうかもしれない。

でも……


「グズグズ言っても、何も変わらないって、そう言いたいのでしょう。
わかっています。わかっていますけれど、でも……言わないといられないんです」


私は、心配でそばに来てくれた折原さんの胸に顔をうずめて、

ただ、整理整頓できない気持ちを、ぶつけてしまった。


「あなたの思いには応えますって、折原さん言ったでしょ」

「……言いましたよ」

「自分の思っていることは、きちんと言わないとダメだと、教えてくれましたよね」

「教えましたね」

「だから、今、グズグズ言うのも、我慢してください」


私の心が叫んでいるから。

だから、このごちゃごちゃした気持ちも、流さないで欲しい。

グズグズするのも私、こうして泣きたくなるのも、全て私なのだから。


「まず、先に指ですよ」

「指?」

「そう」


私がうずめた顔を離すと、折原さんが絆創膏を指に巻き始めた。

怪我をした指に巻かれる絆創膏。私はその様子を黙って見つめる。


「事情をきちんと話せば、『森のくまさん』に、
在庫をいくつか引き取ってもらえるのではないかなと」

「いくつか……ですか」

「20、全ては無理でしょう。でも、向こうも紹介してきた以上、
全く責任がないとは思わないだろうし。うちの儲けはなしにすれば、
価格ももっと低く出来るわけで」


儲けを考えなければ……確かに。


「そうですよね、材料費とか工場に支払う料金だけで済ませれば……
それなら、他のお店とかも、考えてくれるかもしれません」

「ただ、叩き売りしたというイメージは、残ってしまいます」



『叩き売り』

不利な条件で商品を売るとなると、経営がよくないようなイメージを持たせてしまい、

仕事を請け負いにくくなることは確か。


「うちを捨てて、『コンスタン』を選んだとなると、
うちよりも向こうの方が上だというイメージも、持たれるはずです」

「そういうものでしょうか」

「そういうものです。オーダー家具の値段は、もちろん材料費もありますが、
椅子がテーブルがいくらという値段設定ではなくて、
こちらと相手の価値観で決まるようなものですから」


材料と工賃ももちろんあるけれど、デザイナーの格なども、確かに存在する。


「こうなったら『FREE』とのコラボ、絶対に取らないと」


『FREE』とのコラボ。

そう、『コンスタン』もライバルのひとつだった。


「俺は、あの『コンスタン』を、久我のこともあって、
うちの親と絡んでいる企業という気持ちで見ていましたが、
これで、長峰さんにも、目標が出来たでしょ」

「目標……」

「そうですよ。小菅さんを追い込んだ、嫌な企業だって」

「……あ、はい」

「それとも、給料1,5倍になるかもしれない、素敵な企業……ですか?」

「そんなこと、思っていません」

「……そうですか」


折原さん、私に声をかけてきたあの話を、わざと引き合いに出して笑った。

そう、『コンスタン』なんて、絶対に嫌。

正々堂々と言うよりも、手段など選ばない感じは、本当に怒りの思いが沸いてくる。


「このコラボでうちが上にいけば、『コンスタン』に負けないイメージを、
持ってもらえるはずです」

「はい」


そう……私が出来ること。

グズグズすることではなくて、しっかりと形を出していくこと。

小菅さんへの気持ちを、きちんと仕事に乗せていくこと。


「そうですよね、やらないと」


そう思うと、泣いてなんかいられない。

2種類の価格設定で、デザインを描きあげないと。


「クッ……」


折原さんの抑えた笑い。


「どうして笑いますか、そこで」

「いや、よかったなと思って。長峰さんがこれ以上、指を切っても困りますから」

「切りませんよ」

「いやいや……」


私は、笑っている折原さんに背を向けると、フライパンを取り出し、

食事の支度を続けようとする。しっかりと食べて、頑張る力を得ないと。


「あ……あの」

「そんなあなたのまっすぐで純粋な部分が、俺にとって、
魅かれるところなんです」


折原さんは私の左肩に顔を乗せて、そうつぶやいた。

顔が見えない状態で抱きしめられるのは、なんだか逃げ場が無くて恥ずかしい。


「食事、いつまでも出来ませんけど、そんなことをしていると」

「そうか……それは困ります。俺、腹減ってるし」

「……でしょ」


私は折原さんに食器運びをお願いし、コンロの火をつける。

左手の絆創膏に気をつけながら、材料を中に入れた。




【44-4】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【小林蘭子】
実力派の舞台女優。
知花が作った『ジュエリーボックス』がお気に入りとなり、
雑誌の取材なども、積極的に受けてくれた。

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