44 駆け引き 【44-6】

【44-6】

『プレゼンの辞退』



思わぬ在庫を抱えることになるうちの足元を見て、

そう言い出したということだろうか。


「なんだかそれ、おかしくないですか」


折原さんはそういうと、『ガーディル』との仕事と、

うちがプレゼンを辞退するのとでは、重みが違うのではないかと、言い始めた。

確かに、向こうは決まった仕事で、こっちはまだ決まりもしない段階。


「そうなんだ、おかしいんだよ」

「どういうことですか」

「『コンスタン』は最初から『ガーディル』はおまけだと思っていた。
うちに決まりかけていたところに、くすぐりをかけてみたら、
思いのほか乗ってきたわけだけれど、どうもまた雲行きがおかしくなった」

「雲行き……」

「『森のくまさん』の本郷オーナーあたりが動いてくれたのかな。
ハッキリはわからないけれど、いざとなった段階で、やはりうちの椅子を買いたいと、
『ガーディル』側が言い始めたそうだ」


『ガーディル』と『コンスタン』も本契約をしていなかったと言うことだろうか。


「でも、『コンスタン』は仮契約の中に、
損害は全て『ガーディル』側が持つことと文面を入れていて、
この段階で『DOデザイン』に戻るのなら、それなりの損害賠償を支払って欲しいと、
そう詰め寄った」


うちが、思わぬ在庫を抱えそうになったのと同じように、

『コンスタン』も被害を避けようとしたのだろうか。


「そこでだ……。この取引を飲めば、
うちとしては元々売るはずだった『ガーディル』に商品を納められるし、
『ガーディル』も望みどおりに話が進み、そして、その代わりに、『FREE』の仕事が、
自分たちのものになる可能性が上がれば、互いに……」

「ちょっと待ってください。仕事の規模が……」

「あぁ、もちろん、社長はそんなことは出来ないと、高梨に話していたようだけれど、
正直、俺は高梨の電話とは関係なく、二人に辞退してくれないかと、勧めるつもりだった」

「伊吹さん」

「このまま本当に在庫をさばけなければ、
それを維持するために資金を動かさないとならない。
そうなると、小さくても確実に入る仕事をこなさないと、苦しくなることはわかるだろ」


『FREE』は確かに大きな仕事であり、決まったときには『エアリアルリゾート』同様、

そこから先へ別の仕事を生み出す力もあるはず。

しかし、ダメだった場合、それにかけていた時間は、全てお金にならなくなる。



『社長……塩野さんと住むマンションを、買う予定だったみたいですよ』



社長と塩野さん。そして小菅さん。


「お前たちが、必死に頑張ってくれていることもわかっているのに、
出来上がっているものを捨てろという俺は、同じデザイナーとして最低だと思う。
自分が逆の立場なら、簡単にすぐわかりましたと言いたくはないさ。
でも、ここは意地を張っている場合ではないんだ。
このままじゃ、社長一人が被らないとならない。頼む」


伊吹さんは、私と折原さんに向かって、頭を下げた。

言われるとおり、真剣に取り組んできただけに、あれが全て無駄になると思うと、

すぐに言葉が出ない。



チーフの伊吹さんが、頭を下げてくれているのに……



折原さんは、どう答えを返すだろう。


「伊吹さん、俺たちにそんなことしないでください」

「いや、でも……」

「伊吹さんが謝ることではないですから」


私は、その通りだと思い頷いた。色々と細かく考えていけば、悔しい話だけれど、

ここで私たちに、伊吹さんが謝ることではないはず。

伊吹さんはチーフとして、全体を見ているからこそ、

こうして嫌な役を引き受けてくれている。


「わかりました。高梨の話を、受けましょう」


折原さんは、伊吹さんの提案を受け入れた。

それしかないとは思うけれど、あまりにもあっけなく……


「本当に申し訳ない。それでいいか」

「はい。いいじゃないですか、小菅さんの商品がきちんとした値段で売れるのですし、
俺たちは別の仕事をまた、すればいいだけです」


折原さんはコーヒーカップに口をつけ、半分くらいまで飲んでしまう。


「悪いな、折原。俺がお前に頼んだ話なのに」

「いえ、俺たちにとって、何よりも大切なのは、
『DOデザイン』がしっかり残ることですから」


『DOデザイン』が残ること。

確かに、この場所がなくなってしまったら、何も出来なくなる。


「長峰、お前は……」

「私もそれで……」


私たちの辞退は、決して負けたわけではないのだから。


「ありがとう。社長には俺が話をする。それと……小菅にこの話は……」

「もちろんしません。『コンスタン』との契約が白紙になって、うちに決まったと、
そう話せばいいことです」

「あぁ……」


伊吹さんもほっとしたのか、コーヒーに口をつける。

社長が戻ってくるのは何時だったかと、伊吹さんは携帯を取り出した。

『プレゼン辞退』という結果に、悔しいところもあるけれど、それでも、

小菅さんがこれ以上追い込まれることがなくなると思うことで、

なんとか気持ちが落ち着いた。





『FREE』の初回プレゼンの予定日から、ちょうど2週間前。

私たちは、正式に辞退を申し入れた。



そしてその2日後。社長と伊吹さんが出かけ、

『ガーディル』はうちの製品を予定通り納入するという契約を、結んでくれた。



全て丸く収まった……



と、言うことになるのだろうか。





その日の仕事が終わり、折原さんと事務所を出る。


「どこかで食事でもしていきますか」

「そうですね」


つり革につかまりながら、私は折原さんの提案を受け入れた。




【45-1】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【小林蘭子】
実力派の舞台女優。
知花が作った『ジュエリーボックス』がお気に入りとなり、
雑誌の取材なども、積極的に受けてくれた。

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