45 二人の戦い 【45-4】

【45-4】
事務所のボードには資料集めと書き、

残っているメンバーにも細かいことは言わず、エレベーターに乗る。


「最後にもう一度だけ言います。長峰さんは、無理に来なくてもいいですよ」

「いえ、行きます。折原さんが何をするのか、誰も見ないのでは後から大変ですし。
激しくなりそうなときには、私が止めないと」


エレベーターは、私たちの決意など何も知らず、いつものように動き出す。


「止める……」

「はい。折原さんが言いたいことを言ったとしても、私がいれば、
高梨さんだって、少しは冷静になれると……」


そんな見事に止められるのかどうか、わからないけれど。

本当は私自身、折原さんのように勇気がないだけで、

高梨さんに言ってやりたい気持ちもある。


「長峰さん、本音は乗り込むのは反対ということでしょう」

「今でも、心のどこかでは反対……だと思います」

「心のどこか」

「はい」


修羅場になることがわかっていて、楽しく出かけていけるほど、私は強くない。

でも……



折原さんだから……



放っておけない。



「ただ……」

「ただ?」

「心のどこかで、行くべきだとも……」


100%ではないけれど、それでも、折原さんが行くのなら、

行くべきだという思いの方が強いから。


「そうですか……それならもう聞きません」

「はい」

「一緒に『鬼退治』に出かけましょう。
えっと……長峰さんは『桃太郎』がいいですか? それともお供の犬?」


折原さんは、『鬼が島』へ行くのだから、役割を決めましょうとそう言い出した。

童謡の『桃太郎』まで、口ずさみ始める。

私がどれくらい、張り詰めた思いでいるのか、この人はわかっているのだろうか。


「そんなもの、どちらでもいいです」


犬でもキジでも、どうでもいい。


「本当に? 後から交代って言わないでくださいよ」

「言いません」

「それなら俺が『桃太郎』で」


茶色の封筒を持った『桃太郎』と私は、

高梨という『鬼』がいる『コンスタン』へ、向かうことになった。





昼間の電車。空いている席があったので、二人で並んで座る。

発車合図の笛が鳴り、扉が閉まった電車は、ゆっくりと動き始めた。



『行って見届ける』

そう気持ちを決めてきたはずなのに、だんだんと不安が大きくなり、

この電車に不都合でも出て、中に数時間缶詰め状態にならないだろうかと、

不謹慎なことまで考えてしまう。


「小菅さん、トラブルがあってから、休み多かったじゃないですか」

「エ……あ、はい」


そうだった。トラブルが起きてからの小菅さんは、有給以上の休みを取っている。

どこか社員たちと顔を合わせ辛そうで、来ても午後からとか、変則気味だ。


「あれ、実は休暇と言いながら、必死に回っていたみたいです」

「回っていた?」

「今までお付き合いのあった企業から、もちろん『NORITA』もそうですし、
全く付き合いのなかったところに、飛び込みも何件かしたそうです」


『飛び込み』

商品のパンフレットなどを持ち、今まで契約のないお店や企業に顔を出すこと。

新しい契約を取るというのは、想像以上に大変なことだ。


「小菅さん……一人でですか」

「はい」


自分のミスをどうにかしようと、あの大事な体で動いていたなんて。


「3日前、ご主人から電話があったこと、伊吹さんから聞きました。
無理をするなと言っても、小菅さん本人が納得しないらしくて……」

「そうだったのですか」


小菅さん……

赤ちゃんは大丈夫だろうか。


「費やしてきた時間を考えれば、本当に悔しさはありますが、
でも、俺たちがプレゼンを降りたのは、正しかった。
あのまま、契約が取れなくて、在庫を抱えて、小菅さんを追い込んで、
もしものことがあったら、一生悔いることになったでしょうから」

「はい」


そう、その通りだと思う。

デザインなんて、これからだっていくらでも描けるはず。


「ただ……プレゼンを降りたこの現実を、小菅さん本人は、割り切れていない」


小菅さんの思い。


「以前の長峰さんのように、『納得しよう』としている状態ではないですかね、今」


自分のためにゆがんでしまった状態に気付きながらも、それを戻すことも出来ず、

黙って受け入れている……


「でも……それ以外には」

「そう、小菅さんの立場なら、そうすることしか出来ないでしょう。
でも、俺たちには別のことが出来る」

「別のこと?」

「はい、正しいのが自分だとわかっているのだから、
正しくないヤツに、『正しいこと』を言わないと」


『正しいこと』

確かに、その通りだと思うけれど、それが出来るだろうか。

折原さんは、両手を組むと目を閉じたまま、電車の揺れに身を任せていた。




【45-5】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

≪Dressing 豆知識≫
漢字の『十』と『八』で合わせると『木』という字になることから、
10月8日は、『木の日』になっている。(昭和52年から)
ちなみに、108で入れ歯感謝デー・歯科技工の日でもある。

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