48 縁ある人々 【48-6】

【48-6】

『FREE』の結果は、まだわからないままだったが、

その週末、吉田さんの息子さんが所有するマンションを、初めて見学させてもらった。

大学2年生の娘さんが一人いらっしゃるが、ご両親がタイに行っている間は、

上の吉田さんの部屋で、過ごすことにしたという。


「いいのですか、それで」

「いいんですよ。娘一人で残していたら、羽ばかり伸ばしますし」


吉田さんの息子さんは、仕事のため留守だったが、

娘さんと奥さんが部屋を見せてくれた。


「私は両親の信頼がないようです」


将来は『商社』に勤めたいと話す大学生のお嬢さんは、

少し笑みを見せながら、私たちにお茶を入れてくれる。


「古いマンションですけれど、お二人は本当にいいのかしら」


奥さんは、そういうと逆にこちらの心配をしてくれる。

私たちは、立地条件も間取りも申し分ないと、返事をした。


「どうぞ、座ってお茶でも……」

「はい、ありがとうございます」


入れてくれた紅茶は、香りのいいものだった。

ご主人の勤めている会社が輸入業者のため、こういったものは本物が飲めると、

奥さんは笑ってくれる。

吉田さんは、あと数年したら、ビルごと作り直すことになるだろうから、

遠慮などしなくていいと、後押してくれた。


「この通り、坂の上にあるから、日当たりはいいし、回りは住宅街だかね、
夜もうるさくはないですよ」

「はい……」


本当に、家賃を考えると、ありえない場所だった。

一緒に着いてきてくれた小菅さんは、私と折原さんが、いいデザイナーだから、

色々と仕事も与えてくださいねと、ビルを建て直すことを見込んだ仕事の話まで、

してしまう。


「おぉ……そうだ、そうだ。そのときにはまた協力してもらおう」

「そうですね」


検査入院していた吉田さんの奥さんも、

ロッキングチェアを、とても楽しみだと笑顔を見せてくれる。

私が折原さんの方を向くと、こちらの気持ちがわかるのか、すぐに目があった。

互いに、小さく頷き、気持ちを決める。


「本当に、いいご縁があって、ありがたいです。よろしくお願いします」


折原さんの挨拶に合わせて、私もしっかりと頭を下げた。





「この大きなタンスだけ、使ってくれていいって」

「うん……」


部屋を見せてもらえた事で、より具体的に生活をイメージできた。

一部屋使っていた娘さんの荷物は、全て上の5階に運ばれるため、

8畳ある部屋は、全くの空になる。


「広いほうは、折原さんが使って、6畳の方に私が入ることで……どう?」

「ん? うん……」


リビングがあるのだから、互いにひとりになれる場所も確保しようと、そう提案する。


「一人になる場所かぁ……俺はどうでもいいけど」

「必要です、絶対に。部屋は一応お互いのものにしましょう。
私、365日、折原さんとケンカしない自信ないですし」


今まで、何度もケンカをしては、互いにわかりあってきた。

だから、きっとまた、くだらないことでケンカをするだろう。

折原さんは、私の顔を見た後、それもそうだねと笑う。


「4月かぁ……」


私たちが、一緒にあの部屋へ暮らすことになる頃には、

この寒い季節が終わり、桜の花が咲くだろう。


「いらないものは、捨てましょうね」

「ん? うん……」


折原さんは、長い間、一人で暮らしてきた人なのだから、あまり窮屈にはしたくない。

扉を開けたら、そこにいるのだとわかっているだけで、心はきっと、満たされるから。


「リビングに、この本棚、飾りましょう」

「邪魔じゃないかな」

「そんなことないですよ、絶対に。これは飾りたいです」


折原さんの歴史。

頑張って築いてきた形。



『J』



高梨さんが、気にしていた名前。


「『FREE』、連絡来るといいですね」

「……さぁ、どうかな」


延期されていた期限は、もうすぐ。

私は、そう思いながら、本棚を見続けた。





吉田さんが持つマンションを、2年間貸してもらえる契約をするために、

私と折原さんは、揃って仕事の帰りに『久我不動産』を訪れることにした。

一応契約者は折原さんになるため、書類には全てサインをしてもらう。


「申し訳ないですが、もう少し、早く歩いてください。
『久我不動産』は、24時間営業ではないですよ」

「歩いてませんか? 俺、亀じゃないですし」

「はぁ……。決めたでしょ、久我さんに会うって。
今の態度、往生際が悪く思えます、なんだか」


高い壁なのはわかっている。

だからこそ、思い切りよく行かないと、

一歩一歩が鉛のように重くなるのではないだろうか。


「はぁ……」

「折原さん」

「あぁ、もう。わかっていますよ。ガミガミ……」


そういうと、折原さんは、今までよりもほんの少しだけ速く歩き出した。




【49-1】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

≪Dressing 豆知識≫
木の年輪は、気温に左右されることが多く、日本より寒い地域だと、
成長が少しずつになるため、『年輪』が細かく入ります。
逆に暖かいと、成長が均一なので、『年輪』がわかりにくくなります。

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