49 勝負の意味 【49-2】

【49-2】

どちらからと言うわけでもないけれど、今日はお祝いをしようということになり、

駅近くのスーパーに立ち寄り、色々と材料を買い込んだ。

季節感も考慮して、折原さんのリクエストもあり『しゃぶしゃぶ』に決まる。

野菜類や普段からよく買う牛乳など、重たい荷物はお願いし、

私はパンやお肉など軽めのものを持ちながら、部屋へ一歩ずつ向かっていく。


「少し、心配してました、環奈さんと」

「心配?」

「はい。折原さんと久我さんの高い壁。うまく越えられなくて、
また、ケンカ別れとかにならないだろうかって」

「ケンカ別れにはならないですよ。俺はもうずっと、
あいつに謝らないといけないと思っていたし。あいつも、そう思ってくれていたし」

「そうですよね」


その時は感情が爆発してしまって、気持ちのコントロールがつかなくなったけれど、

年月がトゲをそぎ落とし、互いの環境が、気持ちを穏やかにしてくれた。


「でも、実際のところ、大島さんが来てくれたのが、大きかったかな」

「大島さんが?」

「うん……」


スーッと動いた折原さんの手。私はビニール袋を持ち替えて、その手を握る。


「時間に到着して、あいつと向かい合った時には、やっぱり正直、
どう切り出したらいいのかと思ったし、あいつが申し訳なかったと頭を下げても、
もういいよ……としか言えなくて。謝るのは自分の方だという気がしながらも、
なんとなくぎこちなかった」


私は、おそらくそうだっただろうと、数回頷いた。

重ねてきた時間の中には、互いの人生が色濃く刻まれているのだから。


「そこに大島さんが入ってきて。秀臣が頭を下げているのを見て、驚いて、
何、失敗をしてしまったんだって、そう言って」


大島さんは、幼い頃から久我さんを知っているらしく、

折原さんに、何があったのかわからないが、

許してやってくれとそう仲裁に入ったという。


「あまりにも一生懸命に秀臣のこと庇ってくれて、その仲裁振りがおかしくて、
俺も秀臣も笑ってしまって。で……そこからは身の上話をし続けて、
さっきも話したとおり、家賃が下がった」


大島さんと久我さんの長い縁。

そして大島さんが見つけた、カルチャー教室の家具を作った小菅さんの縁。

そして、折原さんと久我さんの、切れない縁。


たくさんの『縁』に囲まれながら、私たちがいる。


「折原さん」

「何?」

「人は、必ず誰かを傷つけながら生きているって、前に言ってましたよね」


私が幹人とのことで悩み、苦しんでいるとき、確かにそう言われた。

今思うと、折原さんも抱えた思いの中で、実は苦しんでいたから、

人が生きていくことは、色々あるのだと、そう表現したのだろう。


「あぁ……言いましたね」

「傷つくのは自分なのか、相手なのか、それとも知らない人なのか、
それはわからないけれど。だからこそ、しっかり生きていくことが必要だと、
私はそう受け取りました」


そう。どうせ誰かを傷つけるのなら、中途半端なことをするべきではない。

私はそう、折原さんの言葉を受け取った。


「……そうですね」

「でも同時に、人の傷を癒すことも、しているのかもしれませんよ」


誰にでもある『心の傷』

懸命に歩む人になら、それを癒すことが出来るのかもしれない。


「癒し……ですか」

「はい。みなさんのいいご縁で、世の中がつながっているのだと、
私は今日、実感しましたから」


折原さんの生き方も、久我さんの生き方も、小菅さんの生き方も、

間違ってはいないから、こうして『縁』の輪が出来た。


「いいお酒になりそうだ、今日は」

「はい」


冷たい風に互いに肩をすぼめながら、早く部屋へ入ろうと、少し歩みを速くした。





ぬくもりの中に、ふと目が覚める。

折原さんの頭が少しだけ動いた。ぐっすり寝ているのか、目は開きそうもない。

飛び越えられた壁、その安堵の気持ちがあるのだろう。

幸せの夢から、起こしたくはない。



30年近く生きてきて、私は何一つ自信を持ったことがなかった。

子供の頃から、成績だって特に素晴らしいものを取ったことはないし、

表彰なども縁がなく、同窓会があっても、

中心部分でマイクを向けられるようなことは一度もなかった。

和歌山の自然にしっかりと根付く木々のように、ただまっすぐに、

ただ正直に、それだけで生きてきた。


デザイナーとして、何もせずにやめようとした時から、

折原さんに引っ張ってもらい、自分の小さな可能性を、見つけることが出来た。

それでも、まだまだ未熟者で、頭を抱えてしまうけれど……



でも……



『今、自分が必要とされている』



その思いは、しっかりと感じることが出来る。

こんな私でも、受け入れてくれる仲間や、必要としてくれる人がいることに……



私は、今、誰よりも幸せだと、そう思えるから……



高価なものも、何もいらない。



ただ……



この日々が、いつまでも続いて欲しい。



ぬくもりに頬を寄せ、もう一度夢の世界へ……目を閉じた。




【49-3】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【大島吉太郎】
賃貸マンションを持つ、オーナー。
小菅の手がけた仕事を評価し、別の仕事を『DOデザイン』に持ってくる。
実は、『久我不動産』の親子と親しい。

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