49 勝負の意味 【49-6】

【49-6】

そして……

カレンダーは今年も無事、年末を迎えることになった。


「それでは、小菅の新しい人生に、乾杯!」


社長と伊吹さんの挨拶があり、小菅さんの送別会が始まった。

本来なら忘年会を兼ねてというところだが、小菅さんがおめでたということもあり、

騒がしく、お酒の匂いがする居酒屋は避け、今年は事務所の中で会を開く。

エビのお寿司が大好きな小菅さんのために、以前注文した『松寿司』から樽を注文し、

『COLOR』の聖子さんから、

『とろりんオムレツ』を始めとした定番メニューを届けてもらった。

『ロッキングチェア』の仕事は、採寸も終了し、

どんな形にするのかという打ち合わせも終わったため、

出来上がりまでの流れは、道場さんが引き継いだ。


「よろしくね」

「はい、確かに」


別に、遠くに越してしまうわけでもないし、会おうと思えばいつでも会える。

それはわかっているのに、『お別れ』という響きがそこにあると、

笑い声の中でも、どうしても寂しさを広げてしまう。

小菅さんは明るく笑い、社長や伊吹さんがそれに答え、

私は、あらためて『DOデザイン』の基礎を作った人たちはこの人たちだと、

そう思った。


「それでは、名残しいですけれど時間もありますので、しめの言葉を小菅に」

「……いいよ、そんなこと」

「いやいや、何でもいいから話しをしておけ。こういうのは決まりごとなんだからさ」


社長と伊吹さんにそう言われ、小菅さんは渋々前へ立ってくれた。

それぞれ持っていたお皿やコップを下におき、小菅さんに注目する。

小菅さんは、ひとりずつの顔を確認するように見ると、最後に社長へ頭を下げる。


「何だよ、それは」

「いえ……本当に楽しい時間だったなと……」


まだ、何も話しをしていないのに、小菅さんの目はすでにウルウル状態で、

それを見ていた私の目も、どうしようもないくらい潤んでくる。


「大好きなことがあっても、
なかなか思い通りの仕事につくことなど出来ない世の中なのに、
私は、本当に毎日、楽しくこの場所で仕事が出来ました」


『家具デザイナー』

確かに、この仕事に憧れることはあっても、

実際に仕事に出来る人は少ないかもしれない。


「そして……大好きになった人の赤ちゃんを、授かることが出来て、
本当に今、待ち遠しい時間を過ごしています」


小菅さんのご主人、プラモデルが大好きな学校の先生。

でも、この仕事の大変さを理解しながら、それでも小菅さんを認めてくれた人。

本当に、私の理想のご夫婦。


「で……」


小菅さんの言葉が止まる。

もうひとつ言いたいことがあるのだろう。それでも口が軽く動くだけで、言葉が出ない。


「みんなと一緒に、過ごしてきた時間が……」


小菅さんの涙声に、たまらず優葉ちゃんがハンカチを出し、目を押さえる。


「本当に、本当に、宝物のようにキラキラしています」


一緒にランチに行き、くだらないことでたくさん笑いあった。

実力も仕事の長さも、先輩なのに、上から命令するようなことは一度もなく、

本当に姉のように接してくれた。

『恋』の悩みも、『仕事』の悩みも、安心して話せたのは、小菅さんだから。


「どんどん、『DOデザイン』がみんなの力で伸びていくのを、
楽しみにしています……長い間、ありがとう……」


もっと、もっと、他のことも言いたかったのかもしれない。

それでも、語ってくれたセリフだけで、

小菅さんの気持ちは、ここにいる全員がしっかりと受け取ったはず。


「えっと……」


塩野さんが事務所の扉を開き、廊下に用意してあった花束を社長に渡し、

それを小菅さんが受け取った。

そして、みんなでお祝いに買った『ミシン』を伊吹さんが代表で渡す。

とはいっても、重たいので、ここでは説明書だけ。


「やだなぁ……もう、こんなふうにして、私がビービー泣くのを楽しんでいるでしょう」

「何言っているんだ、そんな悪趣味ないわ」


伊吹さんの言葉で、みんなから笑いが起きる。

そして、塩野さんの案内で、一人の男性が顔を出してくれた。


「エ……」

「美恵がお世話になりました」


小菅さんのご主人を、私は初めて見た。

肩幅が広く、スーツ姿もさまになっている。


「やだ……なんで来るの」

「なんではないだろう。みなさんから、ぜひ、迎えに来てくださいと頼まれたんだ」

「みんなから?」

「そうですよ。頑張って仕事をして、小菅さんが一人で出て行くのは、
なんだか寂しいじゃないですか」


折原さんがそういうと、他のメンバーからも拍手が起こる。


「はい、ご主人もどうぞ」

「……あ、すみません」


塩野さんは、ミニブーケをご主人に渡した。

ご主人は、すみませんと言った後、本当にありがとうございましたと、

あらためて頭を下げてくれる。

涙でボロボロになった優葉ちゃんを小菅さんが抱きしめてあげて、

塩野さんの耳元に、何やらそっとささやくと、

何を言っているのと、軽くお尻を叩かれている。

道場さんと握手をした後……


「知花ちゃん……」

「はい」


小菅さんは花束をご主人に渡し、私を手招きする。

前に出て行くと、両手でしっかりと抱きしめられた。


「知花ちゃんの……」


耳元でささやかれた言葉の意味に、笑って誤魔化すしか出来なくて。


「忘れちゃダメよ」

「はい」


約束だと小指をつかまれ、一方的に指きりげんまんをさせられた。

小菅さんのぬくもりに、また涙が出そうになる。

ハプニングから30分後、そろそろ行こうかと、ご主人が小菅さんに声をかけた。

小菅さんは、そうだねと頷いている。


「本当にみんな、ありがとう! 産まれたら、みんなが嫌でも、仕事に迷惑でも、
絶対に連れてくるからね」


そう言いながら小菅さんは精一杯手を振って、

ご主人と『DOデザイン』を出て行った。




【50-1】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【大島吉太郎】
賃貸マンションを持つ、オーナー。
小菅の手がけた仕事を評価し、別の仕事を『DOデザイン』に持ってくる。
実は、『久我不動産』の親子と親しい。

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