50 思いのままに 【50-3】

【50-3】

その年の年末年始。私は千葉の実家へ戻った。

父が来年の3月で定年を迎えることもあり、その前祝いらしきことがあると、

母から話されていてため、私は二人の予定を聞きだし旅行でもプレゼントしようかと、

そう思っていた。


「お父さんが定年か……早いね」

「そうね、あっという間ね」


そう、一応定年は迎えるものの、会社の好意で、

父は子会社であと数年働けることが決まっていた。

今の世の中の状態から言ったら、恵まれているとそう思う。


「お父さんね。今までは千葉の支店1本だったけれど、子会社の方へ移ると、
時々、東京の本社へ行かないといけないらしいのよ。
現場にも顔を出さないとならないから、遅くなったら無理に戻らず、
知花のところに泊めてもらいなねって、お母さん言っておいたから」


父の勤めている企業の本社は、東京都内にある。

羽田空港に品物を卸しているため、現場はもちろん羽田になり、

今まではスーツ姿でデスクワークばかりだった父も、

時々、東京に顔をだすことになるらしい。


「あぁ……えっと……」

「大丈夫よ、お父さん。食べるものにわがまま言わないし。
知花の料理はおいしいって、いつも褒めるし」

「うん」


そうではない。

父が東京へ来てくれるようになる頃、私は……


「何、どうしたの?」

「ん?」

「お父さんが訪ねたらまずい?」

「いや、まずいっていうか」


母は、リビングに父がいないことを確認するためか、首を少し伸ばした。

さらに暖簾を軽く上げ、廊下にいないかも確かめる。


「知花、お母さんだってそれくらい気にしているわよ。ちゃんと行く日は教える。
折原さんにその日はって、断ればいいでしょ」

「……うん」


『同棲する』

話すつもりがあったわけではないけれど、ここで誤魔化すのは、

自分が悪いことをしようとしているようで……


「あのね、お母さん。私、折原さんと一緒に住むことにしたの」


玉ねぎを刻み出した母の手が止まった。

思いがけない言葉だったのだろう。すぐに驚く顔がこっちを見る。


「……何、どういうこと? プロポーズされたの」

「ううん、そうじゃなくて。あのね」

「プロポーズされていないのに? って何、知花、彼と同棲するの」


私は無言のまま頷いた。母の顔がそこから急に曇ってしまう。


「知花……」

「別に、いい加減な気持ちで互いにそう決めたわけではないの。
もちろん、将来のことも考えているし、ただ、そう固めてしまうには……」


『結婚』すると約束をしていない者同士が、一緒に住むということは、

母世代の人間からすると、まだまだ受け入れがたいことなのだろうか。

間違っている方向に、進んでいる……母の曇った顔がそう訴えた。


「お母さん」

「知花……いい加減な気持ちではないというのなら、
どうしてプロポーズしてもらえないの。なんだかお母さん、今の話で、
折原さんのこと、見損なった」

「ちょっと、お母さん」

「だって、『同棲』って、男の都合でしょ」


『男の都合』

確かに、女の子を持つ母親にすれば、こちら側が損をしているような、

気持ちになるかもしれない。


「二人とも仕事をしているとはいえ、
結局は、知花が家のことをあれこれするわけじゃない。折原さんが仕事を持って、
大変だと思えば、あなたなら自分が全て、引き受けようとするでしょう」


確かに、掃除や洗濯、料理など、私の仕事になるだろう。

男と女が一緒に住めば、受身になることは間違いない。


「折原さんがそうしたいって?」

「……私もそうしたいと思ったの」

「知花……」

「同棲っていうと、きちんとしていないと思われるかもしれない。でもね、
私は今までずっと折原さんを見てきた。彼がどういう人で、どういう考えを持つのか、
私なりに理解もしてきたし、思うことがあったら、意見もさせてもらった」


そう、私は折原さんに対して、『ただ黙って着いて行く』というスタイルを、

一度も取ったことがない。自分の考えを強く持ち、前に押し出す力もあるけれど、

折原さんは決して、従わせようとはしない。


「一緒に住むことで、もっとわかることがあると思う。お母さんには話をしたけれど、
彼の実家との問題もあるし、それ以外にも彼には悩みも色々とあったの。
でも、ひとつずつクリアして、私もいつもその中で一緒に考えてきた」


三村という名前を使い、折原を避けていたこと。

久我さんとの長いいざこざに、紗枝さんとのこと。


「今思うとね、幹人と結婚しようと思っていた頃は、私は流されているだけだった。
仕事を続けたいということも言えなくて、結婚式のことだってそう、
彼が機嫌を損ねないようにしなければって、常に幹人の視線ばかり気にしていた。
結婚式は嫁さんのものだから好きにしていいって言われても、結局彼に頼って。
そう、私もずるかったの。自分で言わなければ、責任を負わなくていいし」


母だって、幹人との結婚をやめた時のことを、まだ覚えてくれているだろう。


「お父さんは私に、あのとき言ってくれた。
これからは知花の思うとおりに生きてみろって」


一度しかない人生。誰のものでもなく、私のものだから。

『愛する人』と一緒にいたい。今はその気持ちだけを大事にしたくて。


「ふぅ……」

「ごめんね、お母さん」


今の気持ちは、口に出来たと思う。

決して、永久にこのスタイルを貫こうとしているわけではない。

未来をもっと近づけるために、今出来ることがしたいだけ。


「全く……心配ばかりかけて」

「うん……」


包丁の音が、静かな台所に響く。

私の年齢を考えたら、少しでも早く正式に結婚し、孫の顔でもと思うだろう。


「知花……」

「何?」

「無理、したらダメだからね」


母は、玉ねぎを刻むと、涙と一緒に鼻も出てくると笑い、

そばにあるティッシュを手に取った。

残りは私がやるからと、包丁を持ち玉ねぎを刻み始める。


「お母さん」

「何?」

「私、今、毎日がとっても幸せなんだよ」


私の言葉を聞いた母は、ただ、小さく頷くだけだった。




【50-4】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

≪Dressing 豆知識≫
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