52 心の隅 【52-5】

【52-5】

「白か……」

「はい」


昼食を挟んで、伊吹さんに色々と調べてもらう。

出来るものと出来ないものをわけて、工藤さんの方へ書類としてまずは送ってみよう。


「こういうのはどうだ」

「あ……はい」


時計はすでに2時を回った。

まだ……



折原さんは戻らない。



「長峰……」

「……はい、すみません」


仕事の依頼に来てくれたのだから、私が工藤さんと話したように、

希望を聞くのは当たり前で、しかも、愛梨ちゃんの紹介ということもあるから、

適当には済ませられない。

そんなことはわかっているし、まだ、折原さんが言っていた人と同一人物なのかも、

ハッキリしていないのに……



胸騒ぎだけが、時間の経過とともに、どんどん膨らんでいく。



伊吹さんにアドバイスをもらい、調べ物をしているうちに、

事務所の時計は、午後3時を告げた。

折原さんが戻ってきたのは、それから10分もしない時間で、

何やら封筒を持ち、席につく。

パソコンを立ち上げ、仕事をしている雰囲気は、別にいつもと変わらなくて。

焼き餅と、もやもやに支配された一日が終わったときには、

たいしたことをしていないのに、ものすごく疲れが出てしまった。


「折原、ちょっといいか」

「はい」


伊吹さんに呼ばれたとなると、折原さん、すぐには帰れそうもない。

社長が昔から親しくしている企業の仕事。

よく知っているクライアントだけに、

気持ちに応えられなかったらまずいという思いも、伊吹さんにはあるだろう。


「それでは、お先に」

「おぉ、お疲れ」


折原さんと目があったので、先に帰るねと無言で合図をし、私は先に事務所を出た。

食事を作って待っていれば、折原さんは戻ってくるし、

話しはそこでゆっくり聞けばいい。



夏が近付いてきたからなのか、夜風も気持ちがいい。

電車に揺られながら献立を考え、近所のスーパーに立ち寄ると、

折原さんが好きなお酒を買う。

マンションの玄関を鍵で抜け、ポストを見ると、茶色の封筒が入っていた。



『折原さんへ 高橋先生より 愛梨』



『高橋先生』

工藤美貴に似ている人は、高橋さんという女性。

封がされていないところを見ると、愛梨さん自身がここに入れたのだろう。

誰でも見られるような状態なのだから、たいしたことは書いていないだろうけれど、

でも……


宛名は私ではないのだから。

そう、昔、紗枝さんからの封筒を勝手に見て、一人イライラしたことを思い出す。

これは折原さんにしっかりと渡さなくちゃ。

ポストを閉め、エレベーターに乗ると、4階のボタンを押した。





夜10時、まだ折原さんは戻らない。

食事、伊吹さんと済ませてしまうのだろうか。

あまり見たくもないテレビをつけると、ちょうどドラマの放送が始まった。



『スクランブル』



互いに婚約者がいるのに、仕事に疲れたとき、何気なく出かけた思い出の場所で、

同じように仕事に疲れた、昔の恋人に再会する。

実は、元彼女は、以前、主人公の男性に、突然別れを切り出していて、

男は、いまだにその時のことが納得できていなかったことに、気付き始める。



『君の言葉を聞かないと、俺は立ち止まってしまうんだ……』



やだ……主人公、羽田太一。

そうだった。そういえば、優葉ちゃんが前に言っていた。

夜10時だから許されるのか、結構濃厚なベッドシーンがあるって。



『心は、君から離れていない……』



昔の恋人、偶然に再会してしまって。

なにか……


「ただいま」

「キャー!」


予想外に声がしたので、私は耳を塞いだまま部屋の隅に丸くなった。

誰……


「何しているの、玄関でただいまって言っても、返事なくて」

「……ウソ」

「ウソじゃないって。あぁ……腹減った。これ、食べていいの?」

「うん」


折原さん。

そんなにドラマの音量、大きくしていたはずはないのに、全然気付けなかった。


「本当に気付かなかった」

「みたいだったね、真剣に画面見ていたし」


折原さんは、眉間にしわを寄せ、人のことをからかってくる。

私はレンジでおかずを温めながら、そんな顔はしていないとしっかり訂正した。




【52-6】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【大島愛梨】
吉太郎の孫娘。紘生の出た『青峰大学』に在学中。
英語が大好きなので、将来は通訳の仕事がしたいと張り切っている。
今は祖父母と5階に生活。

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