52 心の隅 【52-6】

【52-6】
「今日スーパーで安売りしていたから、買っておいたけれど」

「お……いいですねぇ、晩酌つき」


折原さんは冷蔵庫を開けて、缶を取り出すと、自分でグラスを出してくる。


「実は、伊吹さんに、飯、行かないかって誘われたけど断りました。
うちに美味しい『飯』があるのでって……」

「……そう言ったの?」

「はい、言いましたよ。長峰知花さんと一緒に暮らし始めましたよって」


タイミングよく、レンジがチンと音をさせた。

そのおかげで、私は、声が出せなくなる。


「本当に、言ったの?」

「うん……まずかった?」

「だって」


住所が変更になったこと、手続き上、問題になると困ると思い、

塩野さんだけには話しておいたが、他のメンバーには、まだこれからと思っていたのに。

いくら伊吹さんとはいえ、そう簡単に……


「隠しておかなければならないことではないでしょう。だから堂々と」

「そうだけれど」


そう、悪いことをしているわけではないので、話しても問題はないはずだけれど、

やはり、恥ずかしさの方が勝ってしまう。


「いいよ、自分であとはするから、ドラマ見ていて」

「ううん……いいの。別に見ようと思っていたわけではなくて、
音がないのも寂しいからつけただけだし」


折原さんはそうなんだと言いながら、食事をし始めた。

私はリモコンでテレビのスイッチを切る。

大きな口を開けて、折原さんはいつもと同じく、美味しそうに食べてくれる。

入れたものが減っていくのを見ているのは、とても楽しい。


「ねぇ、伊吹さんの仕事、うまく流れそう?」

「大丈夫……伊吹さんだし。俺があれこれ言わなくてもいいのに、
人って、いくらベテランになっても、こう『いいね!』って、
後押ししてもらいたいのでしょうね」

「うん……」


そう、別の人間に『いい』と言われるだけで、確かに気持ちがスッキリすることは多い。

成果が数字になって一目瞭然とはいえない仕事なだけに。


「伊吹さんって、ものすごく勉強家だと思って。聞いていると学ぶことが本当に多い」

「うん……」


私も、今日は色々と話をさせてもらった。

工藤美貴の仕事……



工藤美貴……

そう、聞きたいのは別のことなのだけれど……なかなか……

どう聞きだしたらいいのか、


今朝来た依頼人は誰なのか、どういう人なのかなんて……


「おかわり」

「うん」


お茶碗を持ち、炊飯器を開ける。

もう残りが少ないから、先にスイッチを切った。


「ねぇ」

「何?」

「小暮さんに言われなかった? 折原さんのところに、美人の依頼人が来ましたよって」



……はい。



「あ、うん……。その人、愛梨さんが言っていた人でしょ、大学の……」

「そう、高橋都さん」



高橋都さん。



「前に少し話したでしょ。俺が昔、お付き合いした人だって」



やはりそうだった。

高橋都さんという女性が、折原さんの……



「愛梨さんから名刺を受け取って、向こうも俺だってわかったらしい。
もう10年会っていないし、その頃と状況も変わっているから、
仕事を頼むのもと思ったようだけど……」


10年、確かにそれくらい経っている。

自分も変わるし、相手も環境が変わっている。

そう思うと、確かに再会するのは勇気がいることだろう。


「でも、愛梨さんが、『DOデザイン』は、
自分の祖父母の大切な椅子を作ってくれた会社だし、
俺のこともすごく褒めたらしくて。で、話を聞いているうちに、
どういうふうに変わっているのか、会ってみたくなったと」

「うん」


関わりを持った人のその後。

気にならないといえば、ウソかもしれない。


「彼女が目の前にいた頃は、折原の家と、自分の夢の狭間でもがいていた頃だったから。
誰にも本心を話さずに付き合うのって、考えているほど楽なことじゃなくて。
名前を言うと、『折原製薬』を切り離せないし、そのイメージがつくのが嫌で、
人と深く付き合う気がしなかった」


大学の4年間。折原さんが気持ちを語ったのは、あの久我さんだけだと、

確かにそう言っていた。


「高橋さんも、いつも表面的にしか付き合いをしない人だった。
サークルの先輩だったけれど、グループで動くことを嫌っていて、
自分のことも語らない、でも、相手のことも興味を持たなくて。
それが当時の俺には心地よくて、気付くと一緒にいることが増えていた。
目の前で起きていることだけに反応して、来年がどうなっているのかなど、
互いに考えたことがなかったし、会話にもならなくて……」


折原さんは、思い出の時間を、心の奥から丁寧に引き上げているように見えた。

苦しかったとき、唯一気を許せた女性。

それが高橋都さんだったのだろう。


「家には帰りたくない……これが共通点だったなぁ、俺たちの」


家に帰りたくない……

私は、今まで一度もそんなふうに思ったことがない。

父や母がそばにいることが当たり前で、口うるさくても、自分を思ってくれてのことだと、

憎まれ口を叩いても、どこかで納得していた。


「どうして帰りたくなかったの」

「俺?」

「ううん、高橋さん」

「さぁ、よくわからない。自分も深く入り込まれるのは嫌だったから、
彼女にも聞いたことがなかったし」


心の中にある、触れて欲しくない場所。

誰にでもあるものなのだろうか。それとも、生きてきた過程で、

作られるものなのだろうか。



同じように生まれても、人は環境で変わっていく。

私は、食事をする折原さんを見ながら、そう思った。




【53-1】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【大島愛梨】
吉太郎の孫娘。紘生の出た『青峰大学』に在学中。
英語が大好きなので、将来は通訳の仕事がしたいと張り切っている。
今は祖父母と5階に生活。

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